総ちゃんの日記♪ 弥生二十九日編



総ちゃんと土方さんは五条の通りを歩いています。
土方さんは足が早いので、総ちゃんは時々遅れがちになります。
それでも一生懸命ついてゆこうとがんばっているのですが、少しずつ土方さんとの距離が
開いていってしまいます。
実は昨夜も土方さんは総ちゃんを一晩中離してくれなかったので、総ちゃんは本当は体が
だるくて辛くて、もうそろそろ屯所に帰りたいな、と思っているのです。
けれど土方さんは総ちゃんの様子に気が付きません。
頭の中はさっきイヤミを散々言われた伊東さんの事で一杯です。
土方さんは屯所にいても面白く無いので、総ちゃんを連れ出して憂さ晴らしをしているの
です。
総ちゃんはそんな土方さんの大きな背中を見て、ふぅ、とひとつ溜息をついて、とうとう
立ち止まってしまいました。
もう疲れてしまって一歩も動けません。
ここから帰っちゃおうかな、と思って忙しそうに行き交う人達を見ていたら、ふと亜麻色
の光が目に入りました。
それはお日様の陽の中で、きらきら光ってとても綺麗でした。
人混みの間からよく見ると、亜麻色の光は人の髪の毛でした。
その髪の毛の持ち主は、髪と同じでとても可愛らしい人でした。
でも腰にはちゃんと二本差しているので、武士なのかな?と思いました。
横の少し土方さんに似ている背の高い男の人と、楽しそうに何か話をしています。
総ちゃんは羨ましくなってしまいました。
いいなぁ・・と思って、ふとお目目の行き先を下に落としたとき、その亜麻色の髪の人に
大事そうに抱えられた黒いウサギに気が付きました。
総ちゃんの視線はすぅーと、そのウサギに吸い寄せられました。
そして暫くそのまま瞳を大きく瞠ってしまいました。
「・・・かわいい」
総ちゃんは思わず呟いてしまいました。
ウサギは真っ黒で、もし売られていても絶対に普通の人は買わないだろうと思う位に、目
つきが悪かったのですが、それが総ちゃんにはどうしても土方さんに似ているように見え
るのです。
「・・・・あっ・・」
見とれていると、その二人は黒いウサギと一緒に、みるみる遠ざかって行ってしまいまし
た。
総ちゃんは小さくなってゆく二人の姿を、佇んだままずっと羨ましそうに見つめていまし
た。
「何をしてるんだ」
後ろからちょっと怒ったような声が聞こえました。
総ちゃんが付いてこないので、土方さんが探しに来たのです。
土方さんは眉間にシワを寄せています。
その顔はどんな風に見ても、あの黒いウサギに似ています。
総ちゃんはやっぱりあのウサギが欲しいなと思いました。
「・・・土方さん、あのね・・」
総ちゃんがウサギを買ってください、と言おうとすると、
「日が暮れたら団子を買えないぞ」と言って、土方さんは又歩き始めてしまいました。
総ちゃんは仕方なしに、その後について歩き始めました。
でも諦めきれずに立ち止まり、もう一度後ろを振り返りました。
二人と一匹の姿はどこにもありません。
その間にも土方さんの背中はどんどん離れていってしまいます。
総ちゃんはシアワセそうだった二人と一匹を思い出して、少しだけ哀しくなってしまいま
した。
総ちゃんは必死に土方さんを追いながら、やっぱりお団子よりもウサギを買って下さいっ
て言おうかな、でもそうしたら叱られちゃうのかな、と頭の中はくるくるくるくる同じこ
とが回っていました。


総ちゃんは土方さんが買ってくれたお団子の包みを手に、とぼとぼと歩いています。
お団子はとても美味しそうでしたが、それでも総ちゃんはあの黒いウサギが忘れられませ
ん。
あのウサギを毎日見ていられれば、たとえ土方さんがお仕事で相手にしてくれなくても寂
しくありません。
目つきの悪い愛玩動物なんて滅多矢鱈にいるものではありません。
だいたいそんなものは売れないし、道に捨てられていても拾ってくれる人もいません。
それ程希少価値なのです。
総ちゃんは溜息をつきました。
「どうした?」
それを聞きとめて、土方さんが横の総ちゃんを見ました。
「・・・何でもない」
総ちゃんは土方さんが伊東さんの事でイライラしているのを知っていたので、我儘言った
らいけないな、と思って我慢してちょっとだけ笑いながら首を振りました。
そのまま二人が並んで歩いているときです。
「あっほー、あっほー」
と言う声が聞こえてきました。
「誰だっ、失礼なヤツだなっ」
土方さんは振り向きざまに怒鳴りました。
けれど辺りには誰もいません。
「あっほー、あっほー」
総ちゃんは自分のお目目とお耳が変になっちゃったのかと思いましたが、やっぱり声は聞
こえてきます。
「これは、失礼なこと言うてしもうて・・えろうすんません」
目の前の大きなお店(たな)からここの主人らしい、恰幅の良い初老の男の人が飛び出し
て来ました。
「あ、小川屋さんだ」
総ちゃんはここが薬種問屋の小川屋さんだと気がつきました。
「これは、土方さまと沖田さまでございましたか。とんだご無礼を致しまして・・」
小川屋さんはぺこぺこと、真中がまぁるく禿げた頭を下げています。
「誰だ、おれにアホと言ったのは」
土方さんは憮然として聞きました。
「あれですがな・・・」
小川屋さんは少しだけ楽しそうに、土方さんに指差して見せました。
土方さんと総ちゃんがそちらに目をやると、お店の前の止まり木に、黒いオウムがつなが
れて乗っていました。
総ちゃんはそのオウムを見て息を呑みました。
「・・・かわいい・・」
思わず唇から零れてしまいました。
オウムは愛玩動物とは思えない程、それはそれは悪い目つきをしていたのです。
さっきのウサギと『たい』を張れます。
「どこが可愛いんだ。あんな愛嬌の無いオウム。おまけに俺にアホって言いやがった」
土方さんはどこまでも不愉快そうです。
その顔がますますオウムに似ています。
「これは賢いオウムで、すぐに人の言うた事を覚えて同んなじように喋りますのや」
小川屋さんは自慢気に言いました。
「土方さん、あれが欲しい」
総ちゃんはもう何のためらいも捨てて、必死に土方さんを見上げました。
「団子を買ってやっただろう」
「お団子はもう要らないから、あれを買ってください」
総ちゃんはあんまり一生懸命お願いしたので、お目目に涙が滲んでしまいました。
もしあのオウムを買ってもらえれば、土方さんの声を毎日真似させて聞く事ができます。
おまけに目つきまで土方さんに似て可愛いのです。
いつもいつも四六時中土方さんと一緒にいられるようで、考えただけでも嬉しくなってし
まいます。
「ようできたオウムでっせ」
小川屋さんは総ちゃんの趣味が分からないと首を捻りそうになりましたが、すぐに人には
どこか変わったところのひとつふたつあると思いなおして、笑顔を崩さず言いました。
小川屋さんは薬屋さんなのに、商売になるなら何を売ってもいいな、と思っているのです。
「人の声音まで真似できますのや」
土方さんを見て、にこりと笑っていいました。
その時、ふと土方さんの頭によぎるものがありました。
(・・・夜、隣の部屋に置いておいて、総司の艶っぽい声を覚えさせて、あとで一人でこ
っそり聞いたら楽しいかもな・・)
土方さんは自然とほっぺたがニヤケて来るのを、必死に堪えました。
「いくらだ」
つい聞いてしまいました。
総ちゃんはあんまり嬉しくって笑顔をとめる事ができません。
「十両です」
小川屋さんも嬉しそうです。
でも聞いた途端に土方さんの顔に、そんなに高いのか、というのが出てしまいました。
総ちゃんは横でそれを見て、がっかりしました。
総ちゃんは土方さんが自分の為に、毎日お団子を買ってくれているのでお金が無いのだと
思ったのです。
土方さんは土方さんで、総ちゃんを磨く為にこのあいだ松前屋さんから買った「しゃぼん」
の請求書を伊東さんに見られて、ねちねち文句を言われたばかりなのです。
総ちゃんはやっぱり無理だったのだと思って、しょぼんと下を向いてしまいました。
土方さんは腕を組んだまま宙を見据えています。
「あほー、あほー」
目つきの悪いオウムが、更にばかにしたように二人にむかって鳴きました。
「・・・・やっぱりかわいい」
総ちゃんはその仕草すら、愛らしいと思いました。
「・・・やはり聞きたい」
土方さんは自分の欲望をもう抑えることができません。
(・・・・近藤せんせいにお願いしてみようかな・・)
総ちゃんは土方さんにナイショで思いました。
(・・・勝っちゃんに借金頼んでみるか)
土方さんは胸の中で思いました。

かぁかぁ・・・・
夕暮れの中でそれぞれ違ったことを考えながら、仲良くオウムの前に佇んで動かない二人
の上を、カラスがばかにしたようにとんでゆきました。





実習でお疲れ様のめめちゃんへせめてもの『がんばれ』のつもりが・・・
更に追加で疲労困憊させてしまう結果に・・はう!ごみんね。くすん。
(黒いオウムって・・いるの?)




水晶の文庫