薀 蓄 そんなこんなの、副長室。 書見台に向かう土方さんの後ろには、その背をうっとりと見詰める総ちゃん。 その総ちゃんに、俳諧とは何ぞやを説く土方さん。 「そもそも俳諧とは、己の心に広がる情景を、 短く、端的に、しかも研ぎ澄まされた切れと感覚で表現しなければならない。 例えば、この、春の花五色までは覚えけり、と云う句だが、この五色と云うところに、俺の鋭い観察眼がある。 春の花を、五色しか覚えていない。が、仮に六色覚えたところで、何の意味がある。知りたきゃ、覚えている奴に聞け、と、まぁ、そう云う人間の愚かさを、春の麗らかさの中に揶揄してみた」 そこまで云うや、土方さんはちらりと後ろを見、総ちゃんの、相変わらずの、うっとりとした表情を確かめると満足げに頷き、又書見台へと視線を戻しました。 「次に俳諧には、元々、連句としての性質がある。」 そこで土方さんは、大仰に喉を鳴らすと、 「梅の花一輪咲いてもうめはうめ。人の世のものとは見えぬ桜の花、しれば迷いしなければ迷わぬ恋の道」 と、一気に詠みあげました。 そうして・・・ 「寒気に凛と咲く梅、その後を受け、人を妖かすが如く咲き、やがて乱れ散る桜。・・・一気に迸るお前への恋情を、移り変わる花の色に例えてみた」 悦に入って云い終えるや、顎を反らし、己の言葉に酔うように、じっと目を瞑りました。 そのまま。 ――菖蒲月の輝陽が若葉に撥ね、 閉じた瞼の裏までを眩しくする中、 土方さんは返る声を待ちます。 待ちます。 待ちます。 待ちます。 待ちます・・・ 振り向くことを許さぬ男の矜持に苛立ちながら、れ程そうしていたでしょう。 けれど焦れる心に負け、ちょっとだけ後を垣間見、やがて暫くの沈黙の後・・・ 「・・寝るな」 酸いも甘いも知り尽くした男のささやかな抗議が、吹きぬける薫風に乗り、低く低く、棚引きました。 |