総ちゃんのシアワセ♪番外 日々是機能回復訓練(温泉リハビリ♪) (壱) 総ちゃんは土方さんと駕籠に乗って、屯所からずぅ〜〜と離れた鞍馬というお山の中の温泉にやってきました。 総ちゃんはこんなに遠くまで土方さんと二人で来るのは初めてだったので、嬉しくって昨夜は眠ることができませんでした。 でも本当はこの温泉で、総ちゃんは自分で立って歩く練習をしなければならないのです。 まだ足も手も痛いのです。 それを考えるとちょっと嫌だな、と思いましたが、土方さんと一緒なので我慢できるかも・・・とも少しだけ思っています。 そんなこんなで、総ちゃんはシアワセでした。 えっさえっさと揺られる駕籠の中で総ちゃんは、うとうとと何だか瞼が重くなってしまいました。 そうしてそのまま、すぅーと眠ってしまいました。 土方さんはもうひとつの駕籠の中で、温泉についたらすぐに総ちゃんを抱っこしてお風呂に入れてあげよう♪と、思っていました。 山崎さんにナニゲに調べさせたら、この温泉はお肌もすべすべになるそうです。 邪魔な八郎さんも田坂さんもいません。誰にも言わずにこっそり来たのです。 土方さんは久々に伊東さんを言い負かせた後よりも、ずっと深い爽快感を味わっていました。 ほいさ、ほいさ、と揺れる駕籠の中で、とりあえず土方さんもシアワセでした。 駕籠が止まって温泉の旅籠に着いたようです。 土方さんは駕籠の覆いを手で上げて、『幾らだ』と、駕篭かきさんに言うと、『へえ、お代はあちらの方から頂いております』と返事がありました。 はてな、と思ってそっちを見た途端、伊東さんと山南さんが、すくらむ組んで嫌がらせをしているとしか思えない位の衝撃に、土方さんは眩暈さえ覚えました。 『遅かったじゃねぇか』 暑くも無いのに「川柳」を染め抜いた扇を扇ぎながら、すっかりくつろいだ浴衣姿の八郎さんと、その後ろには田坂さんも立っていたのです。 八郎さんと田坂さんは、そんな土方さんを「居ない人」と決め付けて、総ちゃんの駕籠に近寄ると、そぉ〜と覆いを上げました。 下界のコトなど知る由も無い総ちゃんは、まだ土方さんの夢を見てシアワセの中にいました。 (弐) 総ちゃんが目をさますと、すでにお布団に寝かされていました。 総ちゃんは見たことも無いお部屋の中で、何が何だか分からなくって、目をぱちくりさせてしまいました。 『総司、目が覚めたかえ』 すでに抜け目無く総ちゃんの手を握っている八郎さんの声にびっくりしていると、 『じゃぁ機能回復訓練を始めようか』 田坂さんがくるくると総ちゃんの足から、ぐるぐるに巻かれていた晒を解いています。 慌てて土方さんの姿を探しても、それらしき影はありません。総ちゃんは不安になってしまいました。 『・・・土方さんは?』 とっても心配になって聞くと、八郎さんは『さて・・?さっきまでは居たのにな』と、そんなことどうでもいいという風に応えました。 『伊庭、ばか野郎、俺はここにいるぞっ』土方さんが八郎さんを押しのけて顔を見せました。土方さんは八郎さんと田坂さんの陰になって見えなかったのです。 総ちゃんは本当にほっとしました。 『さて、ひとりで歩く練習を始めるよ』田坂さんはお医者さんの顔をして言いました。 『急には無理だろうよ。俺が支えてやらないと』八郎さんはそれが当たり前のように言いました。 いつのまにか総ちゃんの肩を抱きかかえています。 隙の無い見事な抱擁の持って行き方です。 流石は心形刀流の御曹司です。 『何でお前が支えるんだ。それは俺の仕事だろうがっ』怒鳴りながら、土方さんはもし八郎さんを斬るなら後ろからふいを狙うしかないな、と思いました。 流石は新撰組の策士です。 『土方さんと練習したいな・・・』 総ちゃんは少し小さな声でいいました。 『駄目だよ、土方さんも伊庭さんも素人なんだからね。俺が練習させてあげるよ』 田坂さんがここぞとばかりに、自分の存在を主張しました。 どうやら美味しく登場する機会を狙っていたようです。 なかなかに世渡り上手な才能がある田坂さんです。 流石はこのご時世に診療所を繁盛させているお医者さんです。 総ちゃんはがっかりして、土方さんを見ました。 土方さんは近藤先生が伊東さんのお話を熱心に聞いている時に見せるよりも、ずっとずっと怖い顔をして田坂さんを見ていました。 そのまま八郎さんに視線を向けると、八郎さんは八郎さんで、またあの扇子を口元に当てて何やら考えているようです。 総ちゃんは、何もおこりませんように・・・と、ほんの少し曇った窓の向こうのお空を見上げました。 (参) 総ちゃんの足はずっと動かさなかったので、もともとほっそりとしていたのが、またまた細くなってしまいました。 それで歩こうと思っても、ついよろめいてしまいます。 田坂さんが「転ばないように」脇についていてあげています。 でも土方さんや八郎さんには「抱き寄せて」いる風にしか見えません。 総ちゃんはそんな二人の様子など今は目に入りません。 一生懸命に歩く練習をして、早くお仕事に復帰しないと、また伊東さんからねちねち苛められてしまうからです。 そうすると近藤先生にも申し訳がたちません。 あんまり頑張って歩いたので、いつのまにか額に浮かんだ汗が目に入ってしまいました。 『あ』総ちゃんは思わず目を瞑ってしまいました。 そのとき身体が大きく崩れてしまいました。 田坂さんはすぐに総ちゃんを抱え上げました。 それは咄嗟にというよりも、思惑どおりと傍目に思える程良い具合(たいみんぐ)でした。 「新撰組副長土方歳三」がこれを見破ることが出来ない訳がありません。 土方さんは横の八郎さんが呆れる程の早さで駆け寄ると、総ちゃんを田坂さんから奪いとりました。 『土方さん、邪魔だよ。まだ練習は終わってないんだから』 田坂さんはごく当然のように文句を言いました。 『そんなに急に歩けって言ったって無理に決まってんだろっ。お前医者だろ。そのくらい分かれっ』 土方さんは怒鳴りながら、汗だらけで疲れてぼぉ〜としている総ちゃんを見て、「早く風呂に入れる口実ができた」と、ひとつの頭の中で二つ以上のことを考えていました。 土方さんの声で総ちゃんはようやく頭がはっきりしました。 『土方さん、もう少し練習する』 総ちゃんは不承不承の土方さんの腕から下ろしてもらうと、よろよろと覚束なく歩きはじめました。 土方さんは、「総司、えらいぞ」と思いながら、「歩けなくなったら毎日抱っこできるな」と、またもふたつのことをひとつの頭で考えていました。 『総司、ここまで来い』 土方さんと田坂さんが、総ちゃんの姿に感動していると、いつの間にか八郎さんが「待ち受ける恋人の情景(しゅちえーしょん)」で木の下に立っていました。 ここ一番というところだけは、必ず外さない御曹司です。 総ちゃんは一歩一歩八郎さんに近づいています。 あともう少しで八郎さんのところにつきます。 八郎さんは手を差し伸べました。まるで劇画のようです。(いめーじ映像・あるぷすの少女はいじ・くらら自力で歩くのよ編) それを見た土方さんは一生分の瞬発力で走り出しました。 土方さんにはもう何も見えません。 総ちゃんが八郎さんに行き着く直前にまた転びそうになりました。 その瞬間延ばされた八郎さんの手が総ちゃんに触れようとしました。 (四) ・・・・・・・それはあっと言う間の出来事でした。 八郎さんの腕の中にあると当然思った田坂さんの目に入ったのは、いつの間にか八郎さんと入れ替わって総ちゃんを抱きしめていた土方さんでした。 土方さんは『総司えらいぞ、えらいぞ』と言って総ちゃんを抱きしめたまま泣いていました。総ちゃんも嬉しそうです。 お目目はほんのり赤くなっていました。 どちらに転んでも面白く無い展開だったので、田坂さんはこの情景をさらりと忘れることにしました。 流石は切り替えの早い理数系です。 八郎さんは突き飛ばされた木の下で、もう例の扇子を出して扇ぎ始めていました。 『いやもう、お熱いことで』八郎さんは横で、あさっての方を向いて言いました。 『もう二度と同じ手はくわねぇぞ』土方さんは扇子の柄を見ないでいいました。 何だかんだ強がりを言っても、本当は「いつか後ろから狙ってやる」と思うくらい根に持っているのです。 抱擁の形を崩さないふたりの頭上から、ほんのりいい匂いがしてきました。 都ではもう桜も終わりの季節ですが、ここ鞍馬のお山の奥深くではまだ咲き遅れの梅があるのです。 『梅も俺たちを祝福してくれているぞ、総司』 土方さんは、つい風流人になってしまいました。 総ちゃんも嬉しくなって一緒に梅を見上げました。 『梅の花すら満開の桜に見えるな』 土方さんは総ちゃんを抱きながら、すっかり自分世界に入り込んでしまったようです。 そのとき八郎さんが誰に言うでもなく、呟きました。 『梅の花一輪咲いてもうめはうめ・・・・』 『伊庭さん、何当たり前のこと言ってんのさ』 面白くなさそうにやって来た田坂さんが仏頂面で聞きました。 『いや、独り言。あんまりそのまんますぎて川柳にもならねぇよなぁ』 八郎さんは田坂さんに「わざと照れくさそうな笑い顔」を作っていいました。 そのときちらりと土方さんを見ることも忘れませんでした。 時を止めた土方さんの頭の上から、はらはらと梅の花びらが零れ落ちました。 総ちゃんはどきどきしながら土方さんを見ると、土方さんはお顔は「そのまんま」に魂はばりばりに固まったように動きません。 総ちゃんはほんとうに恐ろしいのは「倍返し」なのかな・・・と、ぼんやりと思いました。 きっと土方さんは立ち上がれないでしょう。 明日はひとりでも練習がんばらなくっちゃ・・・総ちゃんは小さく呟きました。 少しだけ哀しくなった総ちゃんは、潤んだお目目で振り切るようにお空を見上げました。 夕焼け色に染まる中で、一輪だけ残った梅の花がくっきりと浮き上がっていました。 おあとがよろしいようで♪ |