総ちゃんのシアワセ♪ 番外−夢でシアワセ♪ 皐月三十日の日記♪ 総ちゃんは退屈でした。 土方さんは忙しいといって相手をしてくれません。このところいつもそうなのです。 こんなに忙しいのだから、きっと疲れているのだろうな・・と心配していると、夜はびっくりするくらいに元気なので、総ちゃんは最近わけがわかりません。 だって昨夜も土方さんは朝まで総ちゃんを離してくれなかったのです。 総ちゃんは明日はお仕事をしないと伊東さんに叱られてしまうから嫌です、と言うと、土方さんは止めるどころか総ちゃんを泣かせてしまいました。 だから今日のお仕事は、本当は誰かに代わって欲しかったのですが、我慢して行って来たのです。 でもあんまり疲れてしまって、今はお部屋に、ころりん、と横になってしまっています。 (・・・・オウム・・ほしいなぁ) 総ちゃんはこんな時は、どうしてもあの目つきの悪いオウムを思い出します。 いえ、一時たりとも頭から離れたことはありません。 この間もう一度近藤先生にお願いに行ったら、 『そんなものを飼うと、お前はずっとヘンな人と言われてしまうよ。それよりこのかわいいひよこをあげよう』 近藤先生はお口のなかから、黄色のふわふわの羽がむくむくしている一匹のひよこを取り出して、総ちゃんに渡しました。 『ほら総司にはその方が良く似合うよ』 総ちゃんがそのひよこを受け取ると、近藤先生は満足したように頷きました。 けれど総ちゃんはあんまりかわいくないと思いました。 そのひよこは本当はとても愛らしかったのですが、総ちゃんの基準は目つきの悪い土方ツラなのです。 かわいいひよこなんて総ちゃんには興味がありません。 またまた拳骨をお口に出し入れする練習を始めてしまった近藤先生を見ると、総ちゃんはしょんぼりと、手にひよこを乗せてお部屋を出てゆきました。 うつぶせになってお座布団に顔を隠して、オウムの事を思っている総ちゃんの周りを黄色いひよこが、ぴよぴよと走り回っています。 (・・・やっぱりオウムの方がかわいい) ひよこを見ていれば見ている程あのオウムのことが思いだされます。 総ちゃんは哀しくなって、瞳を閉じてしまいました。 そうでもしないと、寂しくって涙が零れてしまいそうになるからです。 総ちゃんはふと目を覚ましました。 『あ、寝ちゃったんだ・・・』 総ちゃんは慌ててしまいました。 それは急いで夕ご飯を食べに行かないと、伊東さんに『沖田くんは本当に迷惑屋さんだねぇ』と意地悪を言われてしまうからです。 けれどちょっと辺りの様子がヘンです。 お部屋だと思っていたのに、そこは全然知らないところでした。 総ちゃんは自分の着ているものを見ました。ふぅわりとした白い着物を着ているのです。 首には銀色の首飾りをつけています。 それにさっきから背中がなんだかむずむずします。 総ちゃんは何だろう?と思って一生懸命に首を捻って後ろを見ました。 その途端に、総ちゃんのお目目はまぁるく固まってしまいました。 なんと背中から羽がふたっつ、にょき、と出ているではありませんか。 (近藤先生がくれたひよこをあんまり可愛くないと思ったから、神さまが怒ったんだ・・・) 総ちゃんは哀しくなってしまいました。 だってこんな自分を見たら土方さんはどう思うでしょう。 きっとヘンな奴と思って二度と総ちゃんを好きになってはくれません。 瞳から、ぽろっとひとつ涙が零れ落ちました。 けれどだぁ〜れもそれを拭いてくれる人はいません。 優しい声をかけてくれる人もいません。 総ちゃんは自分の手でごしごしとお目目を拭いました。 すると滲んだ視界の向こうから、小さな雲がふわりふわりとやってきました。 総ちゃんはまたまた吃驚して、今度はもっと大きく瞳をみひらきました。 雲はゆっくりと総ちゃんに向かってきます。 『あっ』 総ちゃんは嬉しくて叫んでしまいました。 そうです。 雲にはあの亜麻色の髪の人が、ちょこんと腰掛けていたのです。 ずっとずっとお友達になれればいいなと毎日道場の神棚に手を合わせていたので、神様がお願いを聞いてくれたのだと総ちゃんは思いました。 総ちゃんがぼんやりと見とれていると、亜麻色の髪の人はすぐ近くまでやってきて、にっこりと微笑んでくれました。 総ちゃんは何だか恥ずかしくなってしまい、俯いてしまいました。 亜麻色の髪の人はそんな総ちゃんの腕を取って、よいしょっと愛らしい掛け声をかけると、雲の上に引き上げてくれました。 見かけと全く違ってなんて力持ちなのでしょう。 総ちゃんはますます嬉しくなってしまいました。 『そっくりだね』 顔を見合わせると、亜麻色の髪の人は歌うように軽やかに言いました。 総ちゃんはぷるぷると首を振りました。 亜麻色の髪の人の瞳はぎやまんのような茶水晶で、まるで透けてしまいそうに綺麗なのです。 総ちゃんは思わずその瞳の奥を覗くように見つめてしまいました。 自分の瞳は真っ黒で、前に伊東さんが『まるで那智の黒飴のようだね』と、けらけら笑っていたのを思い出したのです。 さらに総ちゃんの背中にはあの二つの羽がついちゃったのです。 似ている筈などありません。総ちゃんはまたもや哀しくなってしまいました。 『ほら、羽まで一緒』 ところが亜麻色の髪の人は背中を向けると、小さな肩甲骨の間から出ている二つの羽を総ちゃんに見せました。 総ちゃんは驚いて声も出せません。 亜麻色の髪の人は、茶水晶の瞳を優しく細めて総ちゃんに笑ってくれています。 折からちょっとだけ吹いた風が長い髪を揺らせ、金糸の様に靡かせました。 亜麻色の髪はくるくると光の輪を描いて煌きます。 総ちゃんはあまりの綺麗さにうっとりとしてしまいました。 総ちゃんはずっと、この人とこうしていたいなと思いました。 けれどどうしたらそれができるのか分かりません。 その時土方さんが『これは俺のものだという印だ』と言って、総ちゃんのお肌に土方印をつける事を、はたと思い出しました。 総ちゃんはもう必死で亜麻色の髪の人の柔らかいほっぺに、そっと唇をつけました。 亜麻色の髪の人はびっくりして固まってしまいましたが、総ちゃんは『総ちゃん印』をつけられた事にシアワセ一杯でした。 やがて亜麻色の髪の人はちょっと困ったように微笑むと、『いいもの見せてあげる』と言って、ほんの少し指を曲げて、まぁるく形作りました。 そうするとその先に何やら黒いものが現れました。 『あっ』総ちゃんは声を上げてしまいました。 そうです。それはあの目つきの悪い兎だったのです。 『クロ・・・』亜麻色の髪の人が呼ぶと、黒いうさぎはその膝に収まりました。 もうふてぶてしい態度の大きさまで土方さんそっくりです。 『クロって言うの?』総ちゃんはどきどきしながら聞きました。 亜麻色の髪の人は嬉しそうにうなずきました。 そしてもう一度指で同じ仕草しました。 『うわぁ・・・』そう言ったきり総ちゃんはもう声も出ません。 それもその筈です。 総ちゃんのお膝には恋焦がれて止まなかったあの目つきの悪すぎる黒いオウムがのっていたのです。 総ちゃんは嬉しすぎてお目目がうるうるしてきてしまいました。 触ったら『これは夢だよ』と伊東さんが現れそうです。 けれど我慢できなくて、おずおずと指を伸ばしてふれてみると、『あほー』と、がらがらの声でオウムは鳴きました。 総ちゃんはもう何て言っていいのか分からず、腰掛けている雲から下ろした両足をぱたぱたさせてしまいました。 今日はどうしてこんなにシアワセなのでしょう? そんな総ちゃんを見て、亜麻色の髪の人はいいました。 『今日は特別な日だから』 『とくべつ?』総ちゃんは聞き返しました。 『だってわたしも総ちゃんだもん』 亜麻色の髪の人は、くすっとおかしそうに笑いました。 総ちゃんはあんまり驚いてしまったので、亜麻色の髪の人に向かってお目目をみひらいてしまいました。 『あのね、ふたりは別々に過ごしていても、きっとこの日に帰ってきて一緒になれるから。それからずっとこうしていられるから・・・だから特別な日』 そう言うと、総ちゃんのほっぺに唇を寄せました。 総ちゃんはちょっとだけくすぐったくって、けれど何だか少し哀しくって・・・でもすごく懐かしいような、そんなへんてこでシアワセなキモチになりました。 『ずっと一緒にいたいな』 総ちゃんは心に思ったことを正直に言いました。 『いられるよ。特別な日が来たら・・・』 ふぅわりと優しい声音が耳を通り抜けるようです。 亜麻色の髪が天から射してくる陽に絡まるように、きらきらと揺れて幾つも光の筋を作ります。 総ちゃんは眩しくて少しだけ目をつむりました。 『・・・一緒にいたいな』 もう一度心のなかで呟きました。 『おい、風邪を引くぞ』 がらがらの声で総ちゃんは目が覚めました。 『・・・土方さん?』 総ちゃんは、のそのそと起き上がりました。 目を擦ってみても、もうどこにもあの亜麻色の髪の人の気配はありません。 総ちゃんはひどく哀しくなりました。 『土方さん、あのね・・・』 総ちゃんは土方さんに今の夢の不思議さを聞いてほしいと思いました。 『明日は田坂の処に行く日だな』 そんな総ちゃんの気持ちなど知る由も無く、土方さんは腕を組みました。 そういえば今日は五月三十日です。 総ちゃんは一のつく日に田坂さんというお医者さんのところに通っているのです。 明日は六月一日で、田坂さんの診療所に行かなくてはなりません。 (田坂に見せつける為に、今晩は総司に土方印を大量につけておかないとな・・二晩続けてか・・) 土方さんは宙を睨む振りをしながら、密かにほくそ笑みました。 (・・・五月三十日って何で特別な日なんだろう?) 総ちゃんは土方さんの横に、ちんまりと座って不思議そうに首を傾げました。 でもあんなにシアワセなキモチになれるなら何でもいいや、そう思ってほっぺが緩んでしまいました。 もうお日様は傾き始めています。 土方さんと総ちゃんは、その夕日を眺めながら仲良く縁に腰掛けて、ふたりで別々の事を思って、今とってもシアワセでした。 その後ろで黄色いひよこが、ぴよぴよと歩き回っていました。 水無月一日の日記♪ 総ちゃんと土方さんは田坂さんの診療所に行った帰りに、小川屋さんに寄ってあの目つきの悪い黒いオウムを見ています。 もうさっきから半刻はふたりでそうしているのです。 小川屋さんは(お茶でも出した方がええやろか・・)と溜息をつきました。 土方さんは人を小馬鹿にしたようなオウムを睨んで思います。 今日は総ちゃんのお肌に残る、せっかく昨日大量の土方印を見せつけてやったのに、田坂さんは眉ひとつ動かさず、それどころか『屯所では無理をさせられてしまうからこのウチから通うといいよ。近藤さんにそう言おう』と土方さんを見ないで総ちゃんに優しく言い切ったのです。 土方さんはもしオウムを手に入れられれば総ちゃんの艶っぽい声を、田坂さんにも八郎さんにも聞かせて、どんなに総ちゃんが自分にぞっこんなのか知らしめてやることができると思っています。 いっそ『会津さまが欲しがっていた』と言って、勝っちゃんに買わせようかな・・と考えています。 総ちゃんは相変わらず、惚れ惚れとオウムを見ています。 その時、総ちゃんに駆け寄ってくる影が視界の端に映りました。 思わず振り向くと、お日様の陽にきらきらと亜麻色の髪を煌かせて、あの総ちゃんが走ってきます。 総ちゃんは夢ではないかと、ぼんやりと見とれてしまいました。 『あの・・・』 亜麻色の髪の総ちゃんは、恥ずかしそうに声を掛けてくれました。 総ちゃんはもし自分が声を出したら、『呑気な夢だねぇ』と八郎さんが現れて消えてしまいそうに思って、土方さんの後ろにちょっとだけ隠れてしまいました。 『知り合いか?』 土方さんの声がうきうきしています。 総ちゃんが見上げて、小さく頷くと、土方さんは『喉が乾いていませんか?』と、亜麻色の髪の人を巧みに誘いました。 近くの茶店の赤い傘の下に三人で腰掛けて、総ちゃんはとてもシアワセでした。 今日はクロはどうしたのですか?と、聞いたら吃驚しちゃうかな・・・と、ちょっとどきどきしていると、 『一句詠んで差し上げたいが・・何分風流にはまだ届かぬ身。つまらぬものですが・・』 土方さんが嬉しそうに笑っています。 総ちゃんは慌ててその横腹をつねりました。 というのは、前に総ちゃんが八郎さんに、土方さんから貰った句をあんまり嬉しくて見せたとき、『土方さんの句なんざ貰った日には、相手が気の毒すぎて慰めの言葉も出ないね。まぁ人助けと思って一旦は貰ってやりな』と言っていたのを思い出したのです。 田坂さんにも同じように見せると、『相手が君だから無事なんだよ。普通の人だったら怒り出すよ、そんな句』と、さも気の毒そうに総ちゃんを見たのです。 ついでに近藤先生にもそっと見せると、『総司、これはわしが預かっておくよ。歳から句を貰ったなどと他の人に言ったらいけないよ。そんなことをしたらお前に良い相手が見つからなくなってしまう』と悲しそうな顔をして総ちゃんに口止めしたのです。 だから総ちゃんは、土方さんが句を贈るのは亜麻色の総ちゃんに、とっても失礼なことだと思ったのです。 もし亜麻色の総ちゃんが怒り出してしまったら、総ちゃんのこともきっと嫌いになってしまうでしょう。 総ちゃんは一蓮托生と言う言葉を、この間伊東さんに教えて貰ったばかりです。 そんな事は、絶対に嫌です。 こういう時はさっさと土方さんを引き離した方が得策です。 『お願いです。きっと又会って下さい』 総ちゃんは必死にお願いすると、ぺこりと頭を下げて、まだ未練たらしく亜麻色の総ちゃんを見ている土方さんをひっぱって茶店を出ました。 (・・・嫌われちゃったらどうしよう・・) 総ちゃんはあんまり心配になって、段々俯いてしまいます。 そんな総ちゃんを横目で見ながら、土方さんは総ちゃんの「妬く姿」もまたいいものだな、とひとりにんまりしていました。 『あほー』 小川屋さんの前を通る二人に、あのオウムが一際高く啼きました。 水晶の文庫 |