鴨&錦蜘蛛の糸 その壱
ここは天国です。
さっきから鴨さんと錦さんは、せっせとお口から糸を紡いでいます。
実は鴨さんと錦さんは閻魔さまに、あっちの世界にいるときあんまり威張っていたのでこっちでは蜘蛛にされてしまったのです。
錦『せやけどうちら因果な事やってると思わへん?』
鴨『しょうがないやろ、約束したんやから』
錦『まぁなぁ・・あんた見かけによらず結構人のええとこあるからなぁ』
鴨『せやけど、あないに必死に頼まれたら、ひとつ力になってやろう、思うんが漢やろ』
錦『今は蜘蛛や』
鴨『・・・・』
そうなのです。
実は鴨さんと錦さんは、総ちゃんに『土方さんが今雲の下にいるので、どうか上に昇れるようにして下さい』と、瞳をうるうるさせて、鴨さん蜘蛛と、錦さん蜘蛛にお願いされたのです。
総ちゃんは鴨さん蜘蛛と錦さん蜘蛛が吐き出す糸を、下へ下へと垂らして、土方さんを助けようと思ったのです。
錦『・・・にしても、なんもうちら嵌めた土方を助けんでもええやろ』
鴨『それ考えるとなぁ・・・なんかアホらしい気がするわ』
錦『なぁ?そう思うやろ?』
鴨さんと錦さんが何だかむかっ腹立って来たところに、総ちゃんがこちらに走ってくるのが見えました。
錦『噂をすれば・・や。こないなアホなこと、この際きっぱり断ってや』
鴨『あんたが言うてぇな』
錦『あんた局長やろっ』
鴨『あんたかて局長やろ』
錦『いちおーあんたが筆頭と違うの?』
鴨『そないなこと言わんと・・わて、涙流されるとどうもあかんのや。そやっ、あんじょう断ってくれたら、あんたに筆頭局長譲るわ』
錦『あの世に渡って二階級特進してもろうても、ナンも嬉しゅうないわ』
そうこうもめているうちに、総ちゃんが息を切らせて、鴨さん蜘蛛、錦さん蜘蛛の前にやってきました。
『あのね、八郎さんも昇りたいのです。それでね、もっとたくさんの糸がいるのです』
総ちゃんは鴨さん蜘蛛と、錦さん蜘蛛に、一生懸命お願いしました。
錦『これ以上吐け、言うんかいな』
鴨『いくら蜘蛛かて、限界っちゅうもんがあるわ』
錦『うちら、蚕とちゃうで』
鴨さんも錦さんも、もうさんざん糸を作ってきたので、実はへとへとだったのです。
文句のひとつも言いたくなります。
けれどそれを聞いた総ちゃんは、土方さんが今昇っている糸が途中で切れたらと、まっさおになってしまいました。
瞳はみるみる透明なものに覆われてゆきます。
その様子を見て、鴨さんと錦さんは、はたと気づいて慌ててしまいました。
実は・・・
鴨さんと錦さんは、これ以上誰かを泣かせたら今度はみの虫にすると、閻魔さまから脅されているのです。
鴨『ああぁ・・、なかんでもよろし』
錦『せやせや。うちら糸吐くのが商売やもん、なんぼかて作りまっせぇ』
鴨『そや!二人で交互に吐いて編みこんだら、もっと強い糸できるとちゃう?』
錦『あ、それええ考えやなぁ。それやったらナンボでも人様救えるわ』
鴨さんと錦さんは、必死に総ちゃんを慰めました。
総ちゃんは今度はあまりの嬉しさに、泣き濡れた瞳のまま、幾度もこくこくと頷きました。
さてさて・・・。
紡いでもらった丈夫な糸を、大切そうに手に抱えて走り去って行く、総ちゃんの薄っぺらな背を見ながら、鴨さんと錦さんは、ふぅと、遣る瀬無い溜息を一緒につきました。
錦『結局うちら、嵌められた人間助けるんかいなぁ・・なんか寂しいものがあるわ』
鴨『これが輪廻・・ちゅうもんなんかなぁ』
錦『くされ縁の間違えやろ』
鴨『ほんま、この世は、奥が深いわ・・』
錦『もうあの世やわ』
鴨『・・・・』
そうして。
鴨さんと錦さんは、もう何にも話す気力も無くなり、また黙々と糸を吐き始めました。
おあとがよろしいようで♪
瑠璃の文庫
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