an illustration  is drawn by you-sama
PC復活記念に、みの虫鴨&錦に報告する総ちゃん・・か、か、カワイイ(><)





鴨&錦の蜘蛛の糸 その弐


鴨さんと錦さんは、あっちの世に居た時にあんまり威張ったので、こちらの世では閻魔さまに蜘蛛にされてしまいました。
そして・・・今日は五月三十日です。
でも鴨さんと錦さんには何の意味もありません。

『なぁ・・・、あの』
鴨さんは言いながら、ちらりと後ろを振り返りました。
其処には膝を抱え、ちんまりと寂し気に座り込んでいる、総ちゃんの薄っぺらな背がありました。
『慰めた方がええんとちゃう?』
鴨さんは錦さんに、ぼつりと言いました。
『何でうちらが慰めなあかんのや、そもそもうちらがこないになったんは誰のせいや』
錦さんはぶつぶつと文句が止りません。
『せやけど、一度は同じ釜の飯を食った仲やしなぁ。あんまりムゲにもでけんとちゃう?』
『あんた、人のええのも大概にしてや。それより日暮れまでに新しい糸張らんと、叉今晩も食べる虫ないで』
錦さんは鴨さんにお説教をしながらも、せっせと口から糸を吐き出しています。

鴨さんはひとつ溜息をつきました。
二匹でどんなに一生懸命に糸を紡いでも、飛んで火に入る夏の虫はおろか、ちっとも獲物が引っかからないのです。
『こないに面倒なこと、早いトコ終わらせたいわ。・・・せや、いっそみの虫になって、ぶらぶら木にぶら下がっていた方が楽なんとちゃう?』
鴨さんはとても良い事を思いついたように、ぽんと手を打ちました。
『あんた一応は新撰組の筆頭局長だったんやろ?男の矜持っつうもんは無いのかいな』
錦さんはうんざりとしたように言いました。
『あん時は人間だったしなぁ。けど今は糸吐いてなんぼの蜘蛛やもん。そら矜持の中味も変わるわ』
『確かになぁ・・・』
錦さんも過去を振り返って、ふぅっと遣る瀬無い溜息をつきました。

『なぁ、やっぱりみの虫の方が絶対に楽やで。日がな一日、のぉ〜んびり世間話してたらええんやから』
鴨さんはここぞとばかりに、錦さんに擦り寄って耳打ちしました。
『あないなガキ、ちょっと脅して虐めてやったらすぐ泣き出すわ』
鴨さんは総ちゃんをそっと覗き見て言いました。


実は・・・。
鴨さんと錦さんは、これ以上誰かに意地悪をして泣かせてしまったら、今度はみの虫にしてしまうと閻魔さまから言い渡されているのです。
これはそれを逆手に取って楽をしようと言う、鴨さんの魂胆なのです。

『けどなぁ・・みの虫言うんもなぁ』
錦さんはまだ乗り気ではありません。
『あんた、考えてもみなはれ。夏はええで、うちら蜘蛛やから。虫も仰山いてる。けどなぁ、冬になったらどないするんや。どぉーせ土の中でくらぁ〜い生活送るんやろ?せやったら明るいお天道さんの下で、ぬくい衣にくるまって、のぉ〜んびり暮らした方がええとは思わへん?』
鴨さんは巧みに錦さんを誘います。
錦さんは糸を吐く口を閉じて、ふと頭の真上にあるお天道さんを見上げました。

確かに鴨さんの言うことは的を得ているのかもしれません。
前の世だって結局美味しい汁を吸わず仕舞いの人生、このままこっちの世でも土に埋もれて終わる蜘蛛生は、思えばなかなかに辛いものがあります。
苛烈に生きる道を捨て、もうそろそろのどかな道を選んでも、それはそれで閻魔さまも見て見ぬ振りくらいはしてくれるかもしれません。

『そうやなぁ、あんたの言うことにひとつ乗ってみるのも悪うないかもしれんなぁ』
錦さんはぽつんと呟きました。
『なっ、あんたもそう思うやろ?うちら今までが忙しすぎたんや。せやし、もうここいらでゆっくりしようやないか。みの虫になったらきっとええ事もあるよって。なっ?』
鴨さんは来し方を回顧して、共に辛苦を分け合ってきた仲間の手を、八本の自分のそれで握り締めようと思いましたが、どれが手でどれが足だか分からなくなってしまったので、一応形だけでやめました。
『・・・ほんま、蜘蛛ってやりずらいわ』
そうして、少しだけ眉をひそめました。

『ほな、善は急げ言うし、ちょっと虐めて来たろか』
錦さんはすっかりその気になって、もう体を総ちゃんに向けています。
『そや、善は急げ・・、あっ、ちょっと待って』
鴨さんは其処で思案気に足を止めました。
『なぁ、うちら悪いことしに行くんやろ?そやったらあまり急がん方がええんとちゃう?』
『そやな、確かに善は急げやけど、悪は・・・』
錦さんも考え込んでしまいました。
鴨さんが息を呑んでその答えを待っていると、そのうちに錦さんの体から、ぽとぽとと汗が滴り落ちてきました。
『・・・あとで考えるわ』
錦さんは前の四本の足だけを使って汗をぬぐうと、ちょっと不満な鴨さんを尻目に、そくさくと総ちゃんに向かって歩き始めてしまいました。


さてさて。
総ちゃんはぼんやり滲む視界の中で、虹色の帳(とばり)の向うを見ています。
一度でも瞬きをすれば、何だか冷たいものが瞳からこぼれ落ちてしまいそうです。
その総ちゃんの真後ろに、かさかさと十六本の足音をさせて、鴨さんと錦さんがやってきました。

『あのぉ・・・お取り込み中のとこ、えらいすんませんのやけど・・』
鴨さんが薄っぺらな背中に、なるべく控えめに声をかけました。
こういう事は、最初から偉そうにしては効果が薄れます。
初めは優しく出て、段々に怖さを増して行くのが、正しい脅しの実践法なのです。
総ちゃんは不意に掛かった声に、慌てて手の甲で涙を拭って振り返りました。
ところが脅す筈の鴨さんは、うっすらと赤い瞳とかち合うと、思わず次の言葉に詰まってしまいました。

(何してんねんっ)
錦さんが後ろから、そんな鴨さんの耳元で舌打ちしました。
(泣かさんでも泣いとるわ)
鴨さんも錦さんに、こそこそっと言いました。
(そないなこと見れば分かるて。もっと虐めて泣かさなあかんやろっ)
(ほなあんたがやってえな。うちこういうのあかんねん)
(意気地のない局長やなぁ。そないなことやから、簡単に嵌められたんやで)
(あ、それ言うかぁ?嵌められたんは、あんたの方が早いやないか)
(うちは頭つこうて何ぼの局長やったんや、せやからあいつ等、うちのこの賢さを恐れて先に嵌めたんや。鉄扇振り回して焚き火焚くだけが取柄のあんたと一緒にせんといて)
錦さんはフンと横を向いてしまいました。
(せやけど後の世ではうちのほうが、あんたより何ぼも有名やで。結局、華っちゅうもんが違うんやろなぁ)
鴨さんは錦さんを見てにやりと笑うと、誇らしげに言いました。
(なんかの勘違いやろ)
錦さんが憎憎しげに呟いたとき、突然足元が覚束かなくなった感覚に、はたと二匹が顔を見合わせました。

もしや。
ふとこの状況を想像して、恐る恐る目を向けると・・・
其処には総ちゃんの深い深い色の二つの瞳あり、瞬きも忘れたように自分たちを凝視しています。


何と。
言い争いをしている内に、総ちゃんの事などすっかり忘れてしまった二人は、何時の間にか手のひらに乗せられていたのです。
総ちゃんは何も言いません。
鴨さんも錦さんも何も言えません。
総ちゃんは二匹から視線を逸らさず、それどころかなにやらうっとりと、見つめる瞳は陶酔の色すら帯び始めてきています。

(あ、あ、あんた、脅さなあかんやろっ)
錦さんは鴨さんを突付きました。
(あんたかて怖い顔してや)
(あんたならわざわざ作らんかて、十分怖い顔で通るわ)
(えらい失礼なやっちゃな)
鴨さんはとても不機嫌な顔をしました。
思わず眉間に皺が寄ってしまいます。
その時です。

『かわいい・・・』
二匹の頭の上から、感嘆の息と共に、柔らかな声が聞こえてきました。
鴨さんと錦さんは一瞬耳を疑い、次にはお互いの顔をまじまじと見ましたが、何処をどうほじっても可愛いという形容は見つかりません。

(聞き間違いやろ)
錦さんが鴨さんに顎をしゃくりました。
(そやな。うちらが可愛いなんて、そないなこと・・)
鴨さんも深く頷こうとした、その時。
『・・・可愛い』
うっとりと呟く声が、又も二匹の耳に届きました。
どうやら今度は空耳では無いようです。
二人はやはりお互いの顔を、穴が開くほどじっくりと見ました。

(可愛いって・・・うちらの事やろか)
鴨さんは錦さんに、恐る恐る聞きました。
(あんた自分の事、可愛いと思ったことあるんか?)
錦さんはうんざりとしたように言いました。
(けど、うちらしかおらへんで)
鴨さんが言い返そうとしたその寸座、総ちゃんの細い指が、二匹の蜘蛛の頭の上をそっと撫でました。


そうなのです。
総ちゃんはここで土方さんを待っていなさいと神さまに言われたのですが、周りを見回しても皆穏やかで優しげな風景ばっかりで、土方さんを彷彿するものなど何ひとつも無く、とても哀しい思いをしていたのです。
せめて目つきの悪い蛸でも傍にいてくれたら、土方さんと一緒にいるようなキモチで毎日を過ごせるのに・・・
そう思うとつい寂しさが先に立ち、堪えても堪えても瞳を覆う露に困っていたのです。

ところが神さまも、これでなかなか捨てたものではなかったのです。
今総ちゃんの手の平に乗っかっているのは、それはそれは目つきの悪い、誰が見ても思わず顔をしかめてしまう蜘蛛が二匹なのです。
けれど総ちゃんには、世にもふてぶてしいこのご面相こそが、苦虫を潰したような顔をして伊東さんの悪口を言う時の土方さんにそっくりに見えるのです。


(・・やっぱり、うちらの事とちゃう?)
鴨さんは、すでに恍惚の態で自分たちに魅入っている総ちゃんを見て、錦さんに囁きました。
(何か・・そないなようやな・・)
それでもまだ二匹は半信半疑です。
何しろ人に生まれても、蜘蛛に生まれ変わっても『可愛い』などとは金輪際言われた事が無い二匹なのです。
そう簡単に信じろという方が無理な話なのです。

(・・・なんか、うち照れるわ)
鴨さんは見つめられて、ほんのり赤くなって下を向いてしまいました。
(照れててどないするんや。早よ脅かさな、うちらみの虫になれんでっ)
錦さんは不甲斐ない鴨さんに舌打ちすると、ここぞとばかりに怖い顔を作って、つつつと白い手の平の上を這って前に出ました。

『うわぁ・・・』
ところが総ちゃんは怖がるどころか、もう喜びを隠し切れないように、瞳を一杯に瞠って錦さんを見ました。
『・・可愛い・・』
錦さんを見つめたまま、総ちゃんがうっとりと呟きました。

思いもかけない展開に、流石の錦さんも八本の足をもつれさせながら後ずさりします。
(なぁ、照れるやろ)
背中にどんとあたった後ろから、鴨さんの声が聞えてきました。

(うちら一度かて、あないにうっとりした目で見られたことあるか?)
鴨さんは、しみじみと言いました。
(せやなぁ・・・)
錦さんも、結局は憎まれ役で終わってしまった自分の人生を、つくづくと振り返ってみました。
(人さまに可愛い、言われる日が来るやなんて、考えもできんかったもんなぁ)
鴨さんは少しだけ、ぐすっ、と鼻をすすりました。
(嵌められても悪者やったもんなぁ・・)
錦さんもしんみりと言いました。

(『可愛い・・』ええ響きやぁ・・)
鴨さんは熱くなった目を瞬いて、ぐしっと前足で鼻水を拭うと、天に顔を向けて言いました。
(なんかうち、みの虫にならんでもええと思うようになってきたわ)
錦さんも、くしゃりと泣き笑い顔になって言いました。
(うちも可愛い言うてもらえるなら、蜘蛛のまんまでええわ)
二匹は甘美な響きの余韻に浸り、そこはかとなくシアワセを噛みしめつつ、うっとりと総ちゃんを見上げました。


ところがその総ちゃんがはたと気づいたように、鴨さんと錦さんに真摯な瞳を向けました。
『あのね、お願いがあるのです』
『何でも言うてや』
二人ともまだ現に戻れないまま、愛想よく応えました。
『土方さんが来るまで、一緒にいてほしいのです』
総ちゃんの必死のお願いに、鴨さんも錦さんも、全然深く考えないで、こくこくと頷きました。

『そで擦り合うのも他生の縁、言うやろ?うちらでできることやったらナンボでも遠慮のう言うてや』
鴨さんの優しい言葉を聞くと、総ちゃんの顔にやっと笑みが浮かび、けれど嬉しさのあまりに、すぐに瞳はまたうるうると、透明なものに覆われてしまいました。
『ああ、泣かんでもええ。うちら元は仲間やもん、なぁ?』
鴨さんは、同意を求めて錦さんを振り向きました。
『そやそや』
錦さんも大きく頷きました。

そんなひとりと二匹の邂逅を、今日最後のお天道さまの陽が、金色(こんじき)に照らしました。



そして。
明日も総ちゃんの処へ行くと約束した帰り道。
錦さんが、ふと思い出したように言いました。
『なんや、さっき土方・・とか言うてなかったか?』
『気のせいやろ』
『そやな、あないな奴の手助けしたら、うちらほんまのアホやもんな』
『そうそう』
鴨さんは適当に相槌を打ちながら、未だ「可愛い」と、うっとり呟かれた優しい声音が耳から離れません。
思い出すだに頬が緩んでしまいます。

『けど人から誉められるって、ええもんやなぁ・・』
『そうやなぁ・・こう、なんちゅうか、人生変わったような気がしたわ』
ぽつんと嬉しそうに言う独り言に応えながら、錦さんも、土方さんを思い出した事などすっかり忘れて、胸の中がほんわかしてくるのを感じていました。
『明日も「可愛い」って、言うて貰えるんやろか』
鴨さんが、ふと心配気に聞きました。
『言うやろ、うちら可愛いんやから。もっと自信持ったかてええんとちゃう?』
錦さんは少しだけ胸を反らせて言いました。
『そやな、うちら可愛いんやもんな』
鴨さんも少しだけ照れくさそうに言いました。

十六本の足が、かさかさかさかさと、まどろっこしい音を立てながら、何だかとても楽しげに、浮かれて過ぎてゆきます。
その後ろを、朧な月明かりの作るぼんやりとした二匹の影が、呆れたように主についてゆきました。


それは五月三十日の物語。
今はまだまだみんなみんな、シアワセな、シアワセな、夢の中♪





                 おあとがよろしいようで♪





       瑠璃の文庫