お正月でシアワセ♪一月一日なの  むすび




結局順番は、玄海僧正さん、田坂さん、八郎さん、総ちゃん、籐堂さん、永倉さんということに決まりました。
「ほなうちが一番にめくらせてもらいます」
玄海僧正さんは周りを見回して、『どなたさんもよござんすね』風に言いました。
誰もが見つめるなか、最初の一枚はお髭を生やした左大臣さんの和歌で、『陸奥(みちのく)のしのぶもぢずり誰故に・・』という札でした。
(・・・乱れそめにし我ならなくに・・かぁ・・ええ響きやなぁ・・・ほんま、乱れさせてみたいもんやなぁ・・)
玄海僧正さんは下の句を呟いて、瞬きもしないで札の山を見ている総ちゃんに、そっと視線を移しました。

次に田坂さんが引いた札は、壬生忠岑さんと言うおぢさんの『有明のつれなくみえし別れより・・』という絵札でした。
(・・・土方ばかり憂きものはなし・・だな)
と、田坂さんはやはり下の句を見ながら、『今年こそお役御免にしてやる』と忌々しげに恋敵の顔を瞼に思い浮かべました。
そんな二人の次に八郎さんが引いたのは、『淡路島かよふ千鳥の鳴き声に幾夜目覚めぬ須磨の関守』という何の変哲も無い絵札でした。
(・・・・啼かす総司の艶声にいくよ目覚めぬ・・・なら分かるけどな)
と、八郎さんは札を見ながら『千鳥の鳴き声くらいで眠れないたぁ、寂しい男だね』、と思いました。


総ちゃんはどれにしようか迷いましたが、結局一番近い処にあった札をめくりました。
引いた札には、それはそれは綺麗な色を施したお姫さまの絵が描かれていました。
「・・・忘れじのゆくすゑまではかたければ・・今日を限りのいのちともがな・・??」
総ちゃんは呟いて小首を傾げました。
「おう、それ、その和歌、俺は知っているぞ。小常が好きだからな」
参加意欲の欠片も無いように座っていた永倉さんが、やおら身をのりだしました。

「先はわからないなら、いっそ今この俺の腕のなかで幸せのまま儚くなりたい・・・小常の女心のいじらしさだよなぁ・・」
永倉さんは自分の拡大解釈に酔いながら小常さんを思い出して、ちょっと鼻の奥がツンと来ました。
籐堂さんは、ひとり視線を遠くに投げかけている永倉さんを、見ないコトにしてあげるのが親切かもしれないと、目を逸らせました。
八郎さんは『めでたい正月にめでたい人間が一人くらいいてもいいだろうよ』と、広い心で構えたくせに、自分からはきっちり切り離すことにしました。
田坂さんは『こういう人間が多分長生きするんだろうな・・』と、あながちハズレでは無い、お医者さんの推測を的確に下しました。
玄海僧正さんは『新撰組ってこないな集団だったんかいな』と、阿呆らしさにそっぽを向きました。

ところが総ちゃんだけはその永倉さんの話を聞いて、瞳がうるうるしています。
なんていじらしくて切ないお姫さまの気持ちなのでしょう。
実は総ちゃんもお姫さまの考えていることとオンナジことを、いつも思っていたのです。
儚くなるその時まで、ずっとずっと土方さんの腕の中にいられたらどんなにシアワセなのでしょう。
総ちゃんは絵札の中のお姫さまに向かって、幾度もコクコクと頷きました。



さて、そんな具合に坊主めくりは順調に進み、残る札も僅かになりました。
この段階で八郎さんが二番、玄海僧正さんが三番、田坂さんが四番、藤堂さんが五番、総ちゃんは一番最後でした。
そして一番たくさん札を持っているのは、何と全くどうでもいい永倉さんでした。
世の中なんていうものは、所詮こんな風な具合に展開するものなのです。

そんなとき、パタパタと遠くから足音が聞こえてきました。
みながそちらに視線を向けると、正念さんと知念さんが慌てて駆けてくるところでした。


「なんや行儀の悪い」
玄海僧正さんは眉を寄せました。
「すんません、けどお客様ですよって・・」
「今取り込み中やて言うといて」
玄海僧正さんは事も無げに言って、すぐに残る札に目を向けました。
勝負はこれからです。
このあとに夢のような極楽が待っているのです。
たとえ大僧正さまが山からおりてきても、会う暇はありません。
「けど・・・あの・・」
正念さんは困ったようにしながらも、総ちゃんをちらりと見ることだけは忘れません。
けれど総ちゃんも、今はそれどころではありません。
何しろ『徳の高いぜんざい』が、どんどん自分から離れてゆくのです。
じっと穴の空くほど裏側になった札の山を見つめても、やっぱり中身は見えません。
総ちゃんはもう動揺を隠し切れず、周りの人の会話も耳に届きません。


「いったい誰や、その客。正月そうそう人の恋路の邪魔しに来るやて、ほんま失礼なやっちゃな」
口ごもる正念さんに、玄海僧正さんはいらいらしながら聞きました。
「へぇ・・・あの、新撰組の近藤はんが新年のご挨拶言うて・・・」
「近藤はんが?」
玄海僧正さんは名前を聞くと、しぶしぶ立ち上がりました。
ところが玄海僧正さんが足を踏み出すよりも早く、大きな足音が聞こえてきました。

「あ、近藤先生だ・・・」
やっとその足音を聞いて心が札の山から戻ったのか、総ちゃんが弾かれたように顔を上げ、こちらに歩いてくる来る近藤先生を見ました。
けれどそれも一瞬の事で、すぐにがっかりしたように俯いてしまいました。
そうなのです。
一緒に出かけたから一緒に帰ってくるはずの土方さんの姿が、近藤先生の横になかったのです。
「近藤さん、一人かえ?」
八郎さんはとりあえず土方さんがいなかったので、上機嫌で聞きました。

「おかしいな?」
近藤先生は四角いお顔を『はてな』という風にしました。
「歳は先に帰ったはずだが・・・」
総ちゃんはまたまたバネ仕掛けの人形のように、顔を上げました。
「近藤先生、土方さんはもう帰って来ているのですか?」
総ちゃんは思わず立ち上がって、近藤先生に聞きました。
「・・の、はず」
近藤先生は思い出すように応えました。

「近藤先生、代わりに坊主めくりをして下さい」
総ちゃんは必死の瞳で近藤先生を見上げました。
もう心は屯所にいるはずの土方さんの元へと飛んでいます。
「総司、坊主を前に『坊主めくり』などとは失礼だろう」
近藤先生はすでに心此処に在らずの総ちゃんをたしなめて、失礼を詫びるように『そうですよね?』と玄海僧正さんを見ました。
(失礼なんはあんたやっ)
玄海僧正さんは怒鳴り返したいのをぐっと堪えて、『徳の高い笑み』を浮かべて、ぎりぎりの余裕をみせました。

総ちゃんは近藤先生に諌められて、見るも可哀想な位にしょぼんと肩を落として、うな垂れてしまいました。
こういう姿を見ていると近藤先生も胸が痛みます。
近藤先生はひとつ溜息をつきました。
「総司、代わってあげるのは今回だけだよ。これからは坊主を前に『坊主めくり』などをしてはいけないよ。いくら今の屯所の敷地を、いつも嫌味ばかり言って渋々貸してくれている意地悪な大家さんとは言え、大家さんには違いないのだからね。くれぐれも粗相の無いようにしなければいけないよ」
近藤先生は坊主の大家さんを目の前にすごく失礼なことを、まるっきり悪気なく朴訥な人柄そのままに、総ちゃんを諭しながら優しく言いました。
その横で、すでに『仏の顔』を、とっくに三度使い果たした玄海僧正さんのこめかみに、『米』印ができたのを、知念さんはびくびくしながら見ていました。


「総司が帰るなら俺も帰ろう」
八郎さんが素早く立ち上がりました。
お正月から総ちゃんと土方さんを二人にするなんて、とんでもありません。
一年の計は元旦にあるのです。
遅くても桜を見る頃には、総ちゃんと二人で行く『東海道湯乃花道中』を楽しみたいと思っている八郎さんです。
何が何でも邪魔をしなければなりません。
「俺も帰る」
田坂さんも持っていた札を投げ出して、立ち上がりました。
本当に冗談ではありません。
元旦から二人をシアワセにすること程、田坂さんにとって腹の立つことは無いのです。

「それじゃぁ勝負がつかないだろうよ」
それまで関係の無いような顔をしていた永倉さんが、突然不満そうに言いました。
初めは全然やる気が無くても、一番になれば欲というものが出て来ます。
どの世にあっても古今東西、人と言うものは大方そういうものなのです。

「どうでもいいだろう、そんなもの」
八郎さんが事も無げに言いきりました。
「それじゃぁ俺がぜんざい全部貰ってもいいのか?」
永倉さんはちょっとむっとして言いました。
籐堂さんは『「ぜんざい」を盾に凄むと滑稽だな』と思いましたが、自分ももうどうでも良くなって来ていたので、口を挟みませんでした。
けれど総ちゃんは『あっ!』と口元に手をあてたまま、呆然としています。
それもその筈です。
元々この他人さまを巻き込んでの勝負は、『寒い中を疲れて帰ってくる土方さんに、徳の高いぜんざいを食べさせたい』という、総ちゃんのけなげな願いから始まったものなのです。

愛は偉大です。
けれど大きすぎると、はた迷惑な勘違いです。
ぜんざいは欲しい、でも土方さんの元には一刻も早く帰りたい・・・
総ちゃんの頭の中で、ぜんざいと土方さんの顔が、くるくるくるくる回り続けます。

その時です。
「ぜんざいならさっき屯所に届けましたけどぉ・・」
正念さんが総ちゃんをみて、ほんわか笑いかけました。
「えっ?」
驚いて見た総ちゃんの目には、今正念さんが本堂の真中の黄金の仏さまよりも、ずっとずっと慈悲あるお顔に見えます。
心なしかお頭(つむ)が、金色に輝いているようにも思えます。
「本当に、本当に、ぜんざいは屯所にあるのですかっ??」
総ちゃんはあんまり勢いこんで聞いたので、つい正念さんに迫る形になりました。
思いもかけない僥倖に、正念さんは心の臓の音が口から飛び出しそうです。
(・・・きっとこれは大晦日に、一生懸命本堂の仏さまを綺麗にしたご褒美なんや・・今年はええこと一杯あるかもなぁ・・)
嬉しさのあまりに瞳を滲ませている総ちゃんを、正念さんは夢のようなキブンでぽわんと見ました。

「正念っ、何で余分なことしてくれたんやっ」
玄海僧正さんの怒りの声が本堂に響いても、正念さんは仏さまのような笑みを浮かべて、現(うつつ)に戻ってきません。
うっとりと総ちゃんに視線を釘付けています。
「・・・けどぉ。ぜんざい作った時に、沖田はんにも持って行けたらええなぁ、言わはったんは僧正さまでっせ」
知念さんが小さな声でいいました。
「うちは何も正念に持ってゆけとは言うてまへんっ」
知念さんは玄海僧正さんのあまりの勢いに、小さくなりました。
上の者と下の者・・・いつの世にもこの関係だけは果てない平行線のようです。


「そんなことよりも、早く終わらせようぜ」
藤堂さんは『自分も帰りたいな』と思いましたが、ここで一緒にさよならすると、あとで永倉さんに悪気の無い嫌味を果てなく言われそうだと思ったので、とりあえず終わらせようと、立って揉めているみんなを座ったままで見回しました。
「総司の代わりは近藤さんで、伊庭さんと田坂さんの代わりはそこの二人でいいだろう?」
と、正念さんと知念さんを指差し、てきぱきとその場を仕切りました。
「けど、代わりっちゅうことは、その人が負けても最初にやってた人が勝った人の言うこと聞く、ちゅうことですやろ?」
玄海僧正さんは釘をさすように、きっちりと言いました。
例え正念さんと知念さんが勝っても、上司の威光でどうにでもなります。
ちらりと見た近藤さんはあんまり『くじ運』がいい人間には見えません。
藤堂さんはやる気が全くありません。
残るのは永倉さんだけです。

(・・・・正念と知念に『ずる』やらせて、何が何でも沖田はんは頂くわ)
そこまで考えると、玄海僧正さんはお腹の中で、にんまりとほくそ笑みました




さてさて再び開始された坊主めくりなどもう全く頭に無い総ちゃんは、息を切らせて土方さんのお部屋へと廊下を走っています。
はぁはぁと白い息をはきながら障子を開けると、お部屋の中はシンと静まり返って誰もいません。
総ちゃんはがっかりして、ぺたんとその場に力抜けたように座りこんでしまいました。
土方さんは総ちゃんがいなかったので、又どこかに出かけてしまったのでしょうか?
もう今日は帰って来ないのでしょうか?
元旦から独りで寂しく、寒い夜を過ごさなくてはならないのでしょうか?

ぽっかりと穴が空いた総ちゃんの胸の中を、木枯らしが意地悪く笑いながら吹き抜けます。
もしかしたら仏さまが、お寺の本堂でお坊さん相手に坊主めくりをやっていたことを怒って、自分に罰(ばち)を与えたのでしょうか?


あんまり哀しくなって、じわりと滲んだ瞳を手の甲で拭おうとしたところへ・・

「なんだ総司だけか、土方さんはとっくに上七軒かえ?」
後ろから、妙にうきうきした八郎さんの声がかかりました。
「また梅の句をばら撒きに出かけたのか?」
田坂さんが総ちゃんの心を一刀両断にするような言葉を、さらりと言いました。
総ちゃんはもうたまりません。
一生懸命我慢しても、白い頬に次から次へと流れるものがあります。

「何をお前はそんなに哀しんでいるのだえ?」
八郎さんはここぞとばかり、放心状態で虚ろに涙を零す総ちゃんの肩をそっと抱きました。
「そうだ、気分晴らしにいいものを見せてやろう」
八郎さんは先ほどからずっと手に持っていた紫の風呂敷の包みを、いそいそと楽しそうに解くと、中から一目で『お高そう』に見える桐の箱を取り出しました。

「これは禁裏御用達の表具屋に特注で作らせた『かるた』だ」
八郎さんは胸を反らせました。
更に八郎さんが蓋を開けると、金の縁取りの、それはそれは立派な和紙で作られた『かるた』が出てきました。
「伊庭さん、これなに?」
田坂さんは、何気なく一枚を手にとりました。
「・・・・公用に出てゆく月や・・春の月ぃ?」
読み上げる田坂さんの声に、総ちゃんははっと顔を上げました。
急いで他のかるたを見ると、何と土方さんの句が金粉をちりばめた和紙の間に、墨の跡も鮮やかに書かれているのです。
「・・・八郎さん、これ・・・」
総ちゃんはまだ濡れた瞳で八郎さんを見上げました。
「土方さんの川柳をかるたにしたのさ」
自慢気に云う八郎さんに、田坂さんは『悪趣味』と思いっきり顔をしかめました。


「・・・うわぁ」
けれど総ちゃんは感嘆の吐息を漏らし、『土方かるた』をうっとりと見つめたまま動きません。
魂はまるで夢の世界に行ってしまったようです。

総ちゃんは、いつも思っていたのです。
『そのまんま』ならば『古池や蛙とびこむ水の音』よりも『梅の花一厘咲いても梅は梅』の方がずっと上手だと・・・。
その土方さんの俳句が、こんなにりっぱな『かるた』になったのです。
総ちゃんにとって、こんなに嬉しいことはありません。

「八郎さん、ありがとう」
総ちゃんは瞳をうるうるさせてお礼を言いました。
八郎さんと田坂さんは、そんな総ちゃんのとんちんかんな様子に、一瞬息を呑みました。
けれど総ちゃんは又『土方かるた』の一枚を大切そうに手のひらに置いて、ぼぉーと眺めています。

愛は究極の自己陶酔です。
とどまるところを知りません。
流石にここまでゆくと言葉が出ない二人をほおっておいて、総ちゃんは嬉しそうに幾度も幾度も、指でそっと『土方かるた』をなでました。

と、そのとき乱暴な足音が聞えてきました。
その音を聞くや否や、総ちゃんはすっくと立ち上がり、わき目も降らず廊下に飛び出しました。
八郎さんと田坂さんはお互い横を向いて、『ちっ』と忌々しげに顔をゆがめました。
そうだったのです。
それは紛れも無い、土方さんの足音でした。
八郎さんは散らばったかるたを素早く集めると、元通り箱に戻して風呂敷で包みなおしました。
土方さんは、総ちゃんの姿を見つけると、仏頂面をちょっとだけゆるめましたが、お部屋にいる二人をみると、すぐに『正月早々嫌なものを見た』と言う風に、もっと苦々しげな顔になりました。
けれど八郎さんも田坂さんも負けない位に、嫌そうな顔をしています。
「土方さん、あんたに年賀の品を持ってきたからあとで開けてくれろ」
八郎さんも田坂さんもせっかくのお正月に、なにも見たくもない顔を見る事も無いと思って立ち上がりました。

「総司、また明日な」
八郎さんは総ちゃんに、にっこりと笑いかけました。
「沖田君、また明日ね」
田坂さんは、総ちゃんに優しく言いました。
そしてふたりは土方さんは『最初からいなかった』と視界から斬り捨てて、お部屋を出てゆきました。


「本当に失礼な奴等だな」
土方さんは腹立たしげに言いました。
「・・・あのね、でもね、土方さん・・」
総ちゃんはあんな態度を取っていても、八郎さんは土方さんの為にりっぱな『かるた』を作ってくれたのだと言おうとしました。
「それよりお前にぜんざいが届いていたぞ」
苛立たしい二人のことで頭が一杯だった土方さんが、総ちゃんの言葉を最後まで聞かず、突然思い出したように言いました。
総ちゃんは、はっと口元に手を当てました。
それは土方さんにどうしても食べさせたかった、あの『徳の高いぜんざい』に違いありません。

けれど総ちゃんは、ふと思いました。
あの八郎さんが『かるた』にするような、立派な土方さんの句です。
それがもっとすらすら出てきたら、土方さんは益々俳句に夢中になって、総ちゃんのことなど忘れてしまうかもしれません。
そんなのは絶対に嫌です。
総ちゃんは恐ろしい想像に、ぷるぷると頭を振りました。
やっぱり土方さんに『徳の高いぜんざい』を食べさせてはいけないのです。
総ちゃんは間一髪でその事に気付き、ほっと胸をなでおろしました。

「これは何だ?」
八郎さんの言うことなどハナから聞いていなかった土方さんが、紫の包みを指差しました。
「・・・あのね、八郎さんが土方さんにお年賀の贈り物だって」
総ちゃんは土方さんが包みを解いて、桐の箱を開け『りっぱなかるた』になった句を見たらどんなに喜ぶかと思うと、もうどきどきしています。
ところが土方さんは桐の箱ではなく、障子を開けると暇な隊士さんを呼びました。

「これを伊東のところへ持ってゆけ」
土方さんは指差しただけで、触るのも忌々しそうに、隊士さんに紫の風呂敷包みを持ってゆかせました。
「あ、あ・・・あの・・・」
総ちゃんはおろおろしながら、風呂敷包みを持って去ってゆく隊士さんの背中と、土方さんの顔を見比べました。

「年始廻りが面倒になったから適当に伊東に任せて帰って来た。あとで嫌味を言われる前に何かやっておくさ。あいつに借りを作るのは真っ平だからな。どうせ伊庭が持ってきたものだ、十分すぎる位だ」
土方さんは、ふふんと笑って、こともなげに言いました。
総ちゃんは、ほんの少し俯きました。
本当はあのりっぱな『かるた』を、土方さんに一目見せてあげたかったのです。

でもよくよく考えると、日頃土方さんを目の敵にしている伊東さんに、『土方さんはこんなに立派な俳句を作ることができる人』ということを知ってもらう良い機会かもしれません。
金色の縁取りの中に金粉をまぶして、そのなかでも位(くらい)負けしない土方さんの立派な俳句・・・
往年の佳人の名作と言われる句と比べても、何の遜色もありません。
土方さんの判断は、やはりとても正しかったです。
総ちゃんは顔を上げると土方さんに向かって、満面の笑顔で大きくで頷きました。


明日になれば土方さんのすごさが、また一層屯所内に広がっているのです。
土方さんが今以上に皆の羨望の的になるなんて、考えただけでも嬉しくなってしまいます。
本当に、なんて素敵なお正月なのでしょう。
総ちゃんは夢見心地でうっとりと、土方さんの顔をいつまでもいつまでも見つめていました。




「・・・ということはわしが一番なのかな?」
近藤先生はにこにこしながら、みんなの顔を見回しました。

あれから残す札が二十枚になろうかと言うところで、何とみんなが坊主を引き、ひとり近藤先生だけがお姫さまを引き続けたのです。
そして最後の一枚もまた近藤先生がお姫さまを引いて、結局順番は、近藤先生、籐堂さん、永倉さん、正念さん、知念さん・・・そして一番負けは玄海僧正さんになっていたのです。

一番を取り損ねた永倉さんは『まぁ正月だから仕方がないさ』と、訳の判らない解釈で納得しました。
一番負けた訳ではなかったので、そこそこシアワセでした。
籐堂さんは逆転で二番になれてちょっと嬉しかったせいか、遠くにやった視線の先にある金色の仏像が微笑んでいるように見えました。
「・・・いい正月だなぁ」我知らず、シアワセそうに言葉が漏れました。
正念さんは『坊主めくりはどうでもええけど、沖田はんはうちの作ったぜんざい食べてくれはったやろか』と、ぼぉーと、さっきのシアワセにまだ酔っています。
知念さんは『こないに寒い処でこれ以上は、ホンマ、勘弁やったけど、とりあえず終わったわ・・・』と、ほっとシアワセな中にいました。
玄海僧正さんは面白くなさそうに、ふんっと横を向いています。

「一番負けた人は、一番勝った人の言うことを何でも聞く・・・でしたな?」
近藤先生は強面に笑顔を崩さないで、玄海僧正さんの方を見ました。
「・・・そないになってるみたいですな」
玄海僧正さんはもうどうでも良さそうに応えました。
頭の中で思考を巡らせているのは、途中で消えてしまった総ちゃんの行方だけです。
(・・・どこ、行ったんやろ・・・どこぞにオトコがいるんやろか・・)


「それでは、些細なお願いで申し訳ないのだが・・・」
ぶつぶつと独り言を呟いている玄海僧正さんに、近藤先生が恐縮したように声を掛けました。
「はいはい」
(何やねん、うっとおしい。勿体ぶらずに早よ言うてや)
もう全部がめんどくさいだけの玄海僧正さんは、適当に返事をしました。

「実は新しい屯所が欲しいな、などと思っておるのですが・・・、何しろ情けない程に気の小さい拙者、城と言えば豪気なのでしょうが、流石にそこまでは・・・。大名屋敷程度でもう十分。いやはや、大の男が本当にお恥ずかしい小さな願いで恐縮、どうか笑ってやって下され」
近藤先生は恥ずかしそうに、ちょっとだけ顔を赤くしました。
「へいへい、屯所でも、道場でも、お蔵でも、もうお好きなように作って・・・・・・・へっ?」
玄海僧正さんは、そこでようやく現(うつつ)に引き戻されました。
けれどもうあとの祭りです。
にこにこと、楽しくお神輿を担いでいるのは近藤先生です。

照れ隠しのような近藤先生の豪快な笑い声が、本堂に二重に三重に響き渡ります。
玄海僧正さんはもう何も耳に届かず、呆けたように口をあんぐりと開けています。

それを見ながら永倉さんは、『来年の正月は新しい屯所か・・、やっぱりいい正月だな』と思って、満足げに大きく頷きました。
籐堂さんは『近藤さんって結構図太いな・・・』と思いましたが、自分も新しい屯所の方がいいな、と思ったので敢えて口は出しませんでした。
正念さんは『新しい屯所もここと近いと、毎日沖田はんに会えてええなぁ・・・』とまだまだ夢の中にいました。
知念さんは『やっぱり坊主めくると寒いわ・・』と、ぶるっと震えました。



大きな大きな笑い声は、玄海僧正さんの頭の中で、段々木魚の音になってゆきます。
ぽくぽくぽくぽく・・・・・・

『・・・・沖田はんと明日も会えるとええなぁ・・・そしたら今度は一緒に双六して、仲よぉぜんざい食べて・・・』
せめて思いだけは楽しい明日へと飛ばして、玄海僧正さんはうつろに微笑みました。




・・・・・・ぽくぽくぽくぽく・・・・・・        ちーん。  




それから一年と半年後、お約束どおり玄海僧正さんは近藤先生に、それはそれは立派な屯所を作ってあげました。
めでたし、めでたし。



おあとがよろしいようで・・・♪

         









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