舞台・総ちゃんのシアワセ
            『腐れ座恒例顔見世興行 三太苦労寿』





まず、伊東さんの口上。

『海の向こうでは「きりすとさん」と云う神さまを奉る宗教があり、明日はそのきりすとさんの生まれた日と云う事で、異国の人たちは皆盛大に祝うのです。
そもそもきりすとさんと云う人は、我が身を犠牲にしてまで貧しい者を慈しんだ、実に徳の高い神さまなのです。その姿に感動した弟子達の中には、この徳行を真似、自分の財産を人々に分け与えて、それを己の喜びとするような尊い人間まで出てきたのです。
やがてその慈悲深い弟子は、きりすとさんの生まれた日の前夜、貧しい者の家に入り込み、そっと米や味噌などを枕元に置いてゆくようになったのです。
そしてその者の事を、異国の人たちは敬慕を込めて、「さんた」と呼んでいるのです』

伊東さんの弟、鈴木三樹三郎さんの質問。
『兄上、どのような字を書くのでしょうか、その「さんた」と云う輩』

暫し思考の後、どうせこいつ等には分かりゃしないだろうと高を括った、伊東さんの自信満々のいい加減な答え。
『誰もが覚えやすいように、漢数字の「三」に太郎の「太」だろう』


――伊東さんの講釈も終わり、皆ぞろぞろと座敷を後にしても、其処を動かず、永倉、籐堂、総ちゃんの三人だけが残る。


永倉さん
『三太か・・・笠地蔵みたいな奴だな』
藤堂さん
『いや、例えぐっすり寝入っている場に忍び込むとは云え、枕元に味噌だの米俵などを気付かれないよう置いて行くとは、その三太、かなり出来る奴と見た』
総ちゃん
『あのね・・・もしお味噌やお米で無いものを欲しいとお願いしたら、三太さんは困るのかな?』
藤堂さん
『そりゃ迷惑だろうよ。何しろそいつだって一晩で目の回るような忙しい思いをしなけりゃならねぇんだ。決めといた予定ってもんを壊された日にゃ、回れる客の処も回れなくなる』
永倉さんの相槌
『だろうなぁ・・。いきなり味噌より醤油や酒を欲しいと云われても、じゃぁそっちを置いて行くから塩梅良くやってくんな、てな訳には行かねぇよ』
藤堂さん
『だが三太って奴は、段取りを組むのが余程上手いんだろうな。そうでなけりゃ、一夜の内にごまんと居る貧乏全てを回りきれる訳が無い』
永倉さん
『仕事が出来る奴、・・って事か』

と、其処へ相変わらず扇子片手に中庭から八郎さんが登場。

三太について、新たな八郎さんの聞き語り。
『どうにも苦労人らしいねぇ、その三太とか云う奴。異国では三太と呼んだ後に「苦労す」、と必ず付け加えるそうだ』
永倉さんの相槌。
『そう云う苦労人だから情が深いのかもしれねぇなぁ』

更に勝安房守から仕入れた、八郎さんの証言は続く。

『だが以前めりけんから帰ってきたばかりの勝さんが、三太って奴の錦絵を見せてくれた時に、そいつが来るって晩は皆寺に集まり、奴の師匠の神さんを褒めちぎる経を読み、景気付けに歌も謡って、いい気持ちにさせてやり、漸く角の生えた馬が引く駕籠に乗り込ませるまで、結構な苦労をするのだと云っていたぜ』
藤堂さん(頷きながら)
『然もありなん。そいつのやっている事は、情や義侠心だけで出来る事じゃねぇ。米俵や味噌を貰うんだ。その位して貰ったって罰は当たんねぇだろう』
永倉さん(こちらも大きく頷きながら)
『そうそう。苦労すりゃしただけ、受けた有り難味も増す』
総ちゃん(身を乗り出して永倉さんに問う)
『苦労しただけ、有り難味は増すのですか?』
永倉さん
『そりゃそうだろう。苦労があるからこそ、人の情けが身に染みるのさ』
総ちゃん、何故か瞳を潤ませて深く深く頷く。
籐堂さん(二人の会話をしみじみと聞きながらも、八郎さんに話を振る)
『で、どんな奴だった?三太』
八郎さん(腕組みをしながら)
『そうさな。体つきは掻い巻のような胴着に包まれていたから分からなかった。しかも白い髭で貌(かお)を覆い、人相を隠していた。が、やけに派手な奴でもあった。緋色の裃(かみしも)のようなものを着け、烏帽子まで緋色だ』
『・・・烏帽子まで』
永倉さん、藤堂さん、だんだらの羽織を纏うよりも、余程により派手な恰好を想像して驚愕。
八郎さん
『とんでも無く、賑やかな奴さ』
(呆れたように両手を挙げ、ふりふりと首を振る)

八郎さんの話から、三人三様で三太と云う人物像を脳裏に描いていたその時、西本願寺の玄海僧正さんが、総ちゃんに『ぜんざい』を届けに現われる。


玄海僧正さん。
『緋色の袈裟云うたら、えらい徳の高い坊さんでっせ。西本願寺でも緋色着られるんはうちだけですのや』(自慢)
藤堂さん、素朴に質問。
『けど三太って野郎は貧乏人に米俵や味噌を配るって云うぜ。それじゃ、あんたは何をくれるんだ?』
玄海さん
『大晦日のえらい寒い夜に鐘百八つも撞いて、門徒衆の煩悩消してやってますがな』
藤堂さん(暫し思考の後)
『煩悩消すより、米や味噌の方が喜ばれないか?』
永倉さん
『俺はその方がいい』
八郎さん
『皆そうだろうよ。消えた処で歳が明けりゃ叉百八つ増える煩悩になんざ、鐘撞くだけ無駄ってもんさ。そこ行くと三太って奴は、話が分かって太っ腹だねぇ』
玄海さん(むっとして)
『ほな除夜の鐘、やめた方がええ云いますんか?』
八郎さん
『撞く方は寒いだけで、聞くほうは煩せえだけの、何の得にもならねぇ鐘なんぞ、止めとけ止めとけ』
(所詮興味も無い事なので、適当に玄海さんをけし掛けながら、その実鐘撞かれた位で消えてたまるかと、煩悩の原因総ちゃんにちらりと視線を流す)

苦々しげな玄海さんのお腹の中
(ほんま、失礼な奴等やわ。けどま、云うてる事はまんざら外れてもおらへんなぁ。撞いた処で、東本願寺はんと東寺はんの鐘の音が毎年邪魔して、うちとこのはよう通らへんし・・・目立たんやったら確かに寒いだけ阿呆らしいわ。そやそや、鐘は他所はんに任せとこ。せやけど・・・それやったらなんぞ新しい事やらんと、門徒衆に言い訳できんなぁ)


腕を組んで考え始めた玄海さんを尻目に、三太さんと云う義侠心溢れる異国の神様の弟子のあれやこれやで盛り上がる四人を座敷の中央に置いて
――暗転。



舞台は一転、その夜の近藤先生の部屋。
膝においた手の中にぴよちゃんを囲った近藤先生と、これもまた膝に猫の土方さんを大事そうに抱いている総ちゃんが、鉄瓶がしゅんしゅんと湯気を立てている火鉢の横で、向かい合わせに座っている。
そして皆から聞いた三太さん像を、自分なりに拡大解釈し、近藤先生に熱心に語る総ちゃん。

『あのね、三太さんはお味噌やお米を、誰にも気付かれずにそっと枕元に置いて行ける位、土方さんのように身のこなしが鋭くて、困っている人のところ全部を一晩で回ってしまう位、土方さんのように段取りが良くって、新撰組を切り盛りしている土方さんのように仕事が出来て、裃が似合う土方さんのように立ち姿がきりりと派手で、色々に使い回しが出来る土方さんの俳句のように太っ腹なのです』
近藤先生
(自分も切り盛りしている、と訴えたいのをぐっと堪えて)
『だが総司。歳は怖いと、皆がびくびくして苦労しているよ』
総ちゃん(柔らかく微笑み頷きながら)
『大丈夫なのです』
近藤先生
『何が大丈夫なのだい?』
『苦労すればするだけ、土方さんの有り難味が増すのです。だから土方さんは苦労をくれる、三太さんのようなのです』
(まるで夢を見ているように、うっとりと呟く)

近藤先生は、出来たら『苦労しないで楽に貰える有り難味』を欲しいと、ちょっとだけ思い、更に、魂は土方さんの元へと疾うに飛んで行ってしまった総ちゃんの姿を見、もう自分の手元には戻ってこないのだろうかと、不意に胸掻き毟られるような寂寥感に襲われ、無骨な指でそっと目頭を押さえる。
そんな近藤先生の心を知らずして、総ちゃんの瞳はうっとりと、視線の先に映し出されている土方さんを見つめている。



一方、舞台下手の光景。

緋色の袈裟を着け、緋色のたて烏帽子まで被った正装の玄海僧正さんが、坊主頭の集団を前に熱弁をふるっている。

『ええかっ、今年の大晦日の夜の主役は、この西本願寺が貰うのやっ。東はんにも東寺はんにも、知恩院はんの除夜の鐘にかて負けへん』
一番前列、正念さんの質問。
『けどぉ・・・。僧正さま、うちとこの鐘は今年百八つ撞き終わるまで、持つか持たんか位にぼろぼろですやん』
玄海さん。
『あほうっ、せやからお頭(つむ)使わなあかんのや。ええか、みなオンナジように鐘撞いたらどれが何処の鐘か分からんやろ?そやったら有り難味もなんも無いわ。このままやったら門徒衆も満足できずに離れてく。それに・・・』
正念さんの隣の知念さん。
『それに?』
玄海さん(少し声を落として・・)
『あんなぁ、異国の坊主には、米や味噌を配って門徒衆を有り難がらせている奴もおるそうや』
その途端、本堂中に唸るようなざわめきが満ちる。
玄海さん(更に声をひそめて)
『そいつ、名を三太云うらしいわ』
『・・・さんた』
(正念さん、知念さん、驚愕に目を見張りながらも、繰り返す)
玄海さん(大きく頷きながら)
『せやから他所とオンナジようにして、暢気に胡坐かいてはおれんのや。門徒衆に喜んで貰うには新しい手を考えなあかん』
正念さん、知念さん。
『新しい手って何ですやろ?』
玄海さん(誇らしげに)
『これや』
金色(こんじき)の仏像の横の桐の箱から、数足らずのカルタをうやうやしく取り出す。
『知れば迷い、知らねば迷わぬ恋の道・・・ああ、何度聞いてもええ句や』
惚れ惚れと詠み終わると、玄海さんは周りを見回し、自分に喝を入れるように一度大きく息を吸う。
『この有り難ぁい句ぅを、大晦日の晩、除夜の鐘代わりに皆で和して詠むのや。何処の鐘にも負けんように、それこそお月さんにかて届く位に、天高く響き渡らせるのや。せやしっ、今日からは喉を鍛える特訓やっ。門徒衆を増やすか減らすか、此処が正念場やっ、みんな気張ってやっ』

玄海僧正さんの意気込みと、今年大晦日、西本願寺の威光にかけて乗るか反るかの一発勝負に、本堂に満ちる熱い雄叫び。
それを聞いて玄海僧正さん、満足げに笑みを浮かべる。
(・・・これで毎日このおカルタさまを拝みに来てる沖田はんも喜ぶわ。もしかしたら来年は、ええ約束のひとつふたつしてくれはるかもしれんなぁ)
ぽわんと宙に浮かんだ総ちゃんの面差しに、再びうっとりとほくそ笑む。


――舞台の上には、ふたつの情景。

方や近藤先生と向かい合って、シアワセそうにちんまりと座り、相変わらず熱く土方三太を語る総ちゃん。
方や、緋色の袈裟を先頭に、高らかにカルタを詠み始めた黒い袈裟掛け坊主集団。

暫し交互に照明を当てているが、やがて徐々に暗くなって・・・・・
                       


             これにて幕   ・・・とほほ






        皆さまのトコロには普通のサンタさんがやって来ますよう、
          そして除夜の鐘を聞きながら、良いお年を迎えられますよう、
            心よりお祈り申し上げております。合掌。ちーん






                       瑠璃の文庫