総ちゃんのシアワセ 新春・男品定めでシアワセ♪なの 副題 -おなごの目による、おなごのシアワセのための、おなごの、男定め- |
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舞 台 司会進行 参加者 |
田坂さんちの一室 歩く婦人公論、キヨさん 島原のご意見番、梅香さん 世麗舞(せれぶ)な人生設計を練るお嬢様、由乃さん 後にも先にも土方さんしかない傍迷惑な一途の人、総ちゃん (今日は、おなごの時間なので、『みつさん』) |
キヨさん キヨさん 梅香さん 梅香さん 由乃さん 梅香さん 梅香さん キヨさん 梅香さん 総ちゃん 由乃さん 梅香さん キヨさん 由乃さん 梅香さん 由乃さん キヨさん 梅香さん 由乃さん 由乃さん キヨさん 梅香さん キヨさん 梅香さん 由乃さん 梅香さん 由乃さん 梅香さん キヨさん 梅香さん 由乃さん 梅香さん キヨさん 梅香さん 由乃さん 総ちゃん キヨさん 梅香さん キヨさん 梅香さん 由乃さん 梅香さん 総ちゃん 由乃さん 総ちゃん キヨさん 由乃さん 由乃さん 由乃さん 総ちゃん 由乃さん 総ちゃん 由乃さん 由乃さん キヨさん キヨさん キヨさん 総ちゃん キヨさん 由乃さん 由乃さん 梅香さん キヨさん 由乃さん 梅香さん 由乃さん 由乃さん 梅香さん 由乃さん キヨさん キヨさん キヨさん 梅香さん 由乃さん |
「ほな、始めさせてもらいます」 部屋に差し込む、新春のうららかな陽を浴び微笑む。 それに、視線だけで頷く、梅香さんと、由乃さん。 二人に睨まれ慌てて頷く、総ちゃん。 「まずは、一応お顔を立てて、近藤はんからいきましょか?」 「近藤はんなぁ・・」 手の中の湯呑みに視線を落として、少しばかり考えるように呟く。 やがて・・ 「ああ云う、一見朴訥とした、堅そうな男はんほど、結構余所見がお盛んなものですのや。あんまり亭主にはしとうない、男はんどすなぁ」 「まぁ、あのようなお顔で?」 「そこが、くせ者。ちょっと見ぃは、そないには思えませんやろ?けどあのお顔が、おなごを油断させますのや。ああ、このお顔では、もてろと云う方が無理、本気を尽くしてあげられるんはうちだけや、と、ヘンなところで女心をくすぐられますのや。けど同じように思うおなごが仰山いたら、どないになります?近藤はん、それこそ、両手に花どすわ。それやから、あないな朴訥とした不器用な見せ掛けは、結構な『売り』になりますのや。しかも近藤はん、ご自分の売り方を十分に承知してはるから、余計にくわせものどすわ。美雪太夫はんかて、それにかかった口や」 妙に説得力のある梅香さんの言葉に、総ちゃんの瞳が驚愕に見開かれる。 ――確かに、云われてみればその通りのような気がして来る、総ちゃん。 近藤先生は美雪太夫の妹にも、ちゃっかり手をつけ、総ちゃんに、その『お考さん』と云う人を、『これがおまえの京のお姉さんだよ』と紹介していたのです。 けれどあの近藤先生のお顔でそうならば、天と地ほどもかけ離れたお顔の土方さんは、どうなってしまうのでしょう。 恩師に対して、今自分がどんなに失礼をしたかなどとは、これっぽっちも思い及ばず、たまらなく不安になり、はくはくと早い音を立て始めた、総ちゃんの心の臓。 「近藤はんやったら、うちは、山崎はんを取りますわ」 「又、渋いところに、目ぇつけはりましたなぁ」 ちょっと意外そうに、梅香さんを見る。 「まだ山崎はんに、落ち着いてはいまへん。近藤はんよりは、と云うただけですわ。あの人やったら、新撰組がのうなっても、何処ぞで商いを始めて、あんじょう切り盛りさせて行けますやろ?そう云う才覚は逸品どすわ」 己の男を見る目に間違いは無いとばかりに、誇らしげに口角を上げる。 それに・・・ 「あのっ、あのっ、土方さんがね・・」 一番の才覚の持主は、山崎さんではなく土方さんだと、慌ててそう云いかけたものの、自信たっぷりな梅香さんの視線に気圧され、言葉の代わりにしゃっくりが飛び出る。 と、その時、くすりと笑う声。 「あら、わたくしは、梅香さまは、ご自分の器量と釣り合わせて、お地味な山崎さまをお選びになったのかと思いましたわ」 「おおきに。けど顔だけで選んでも、おなごを養ってゆく裁量の無い優男には、べべの一枚もこうては貰えませんよってなぁ・・」 色気だけ先走っている、どっかの小娘とおんなじや、と、呟くや、紅も鮮やかな唇を綻ばせる。 その寸座、微笑み返した由乃さんの口が、耳まで裂けるように釣り上がったのは幻だったのかと、慌てて目をこする総ちゃん。 「確かになぁ・・。梅香さんの云うのも、ちょっとは当っている気がしますわ。顔でべべは買えんよってなぁ」 「ですが、キヨさま、長い間つれそう殿方。毎日毎日見るお顔ですのよ?見目のよろしいに越した事はございませんわ」 「せやったら、伊庭はんにしといたらよろしいわ」 「それが、駄目ですの。伊庭さまは、お顔は群を抜いてよろしいのですけど、でもあの方は、いけませんの」 きっぱりと云い切る。 「まぁ、どないしてですやろ?」 「お家柄かて、申し分ありませんやろ?顔よし、家柄よし、出世の望みよしの、あんたはんの希望どおりの男はんやありまへんかぁ」 キヨさんと梅香さんの目が、驚きと、それを遥かに越える興味とで輝く。 由乃さん、内緒話をするように、声を落とし。 「あの方、小姑が多すぎますの」 それが無ければとばかりに、溜息をつく。 キヨさん、梅香さん、ああ、と、あっさり頷く。 総ちゃんだけが、意味が分からず、ぼんやりと由乃さんを見詰める。 「義理の妹弟が三人もいらっしゃいますでしょう?それに江戸のお家には、道場の門弟も数多。しかもご本人は、上さまのお供で、あちこちに行かれるから留守勝ち。もし嫁いでごらんなさいませ。舅、姑、小姑や門弟達の目がうるさくて、芝居見物にもおちおち行けませんわ。それこそ、新弟子の面倒を見なくちゃならない、相撲部屋の女将さんですわ。わたくし、そう云うものになるつもりはございませんのよ」 既にその光景は描かれていたものか、くっきりと眉根を寄せる。 その由乃さんの声を聞きながら総ちゃんは、土方さんにも、お兄さんやお姉さん達がいるけれど、皆良い人たちばかりだから、例え芝居を見に行くと云っても、優しく送り出してくれるだろうと、心の中で安堵の息をつく。 けれど芝居なぞに行く暇があったら、ずっと土方さんを見ていたいと、千両役者の上を行く姿を脳裏に浮かべ、うっとりと瞳を細める。 「ほな、斉藤はん。あの人なら、ええんと違います?何と云うたかて、あの若さで隊長はんどすえ?お顔かて、きりりと引き締まって、ええ男ですわ。ちょっと無口が難やけど、まぁその位は愛嬌ですわ。聞いたところによると、お家はもう、腹違いのお兄さんが継いではる、云うし・・」 「キヨはん、よう知ってはりますなぁ?」 「ちょっと耳にしただけですわ」 豊かな頬にふっくらとした手を当て、ほっほっと笑う顔には、あんたらとは年季が違います、と大きく書かれている。 けれどちらりと流した視線の先に、まるで夢でも見ているかのように、自分の世界に入り込んでしまっている総ちゃんを捉えると、ふりふりと頭を振り、諦めの息をつく。 そうして。 どうやらあの総ちゃんの、見事な調子っぱずれを陰になり日向になり支え、後始末を押し付けられているらしい斉藤さんを思い、ちょっとだけ胸を痛める。 けれどそれも束の間の事。 (まぁ、若い内の苦労は買ってでもしろ云うし、ええか・・) と、人さまの災難を前向きに咀嚼すると、梅香さんと由乃さんに視線を戻す。 「斉藤はんの場合は、あの無口が、『売り』かもしれへんなぁ。ああ云う男はんは、結構年上のおなごにもてますのや」 「まぁ。もしかしたら、梅香さまも?」 意味ありげな視線を梅香さんに向け、前に置かれていた湯呑みに手を伸ばす。 「うちは貢ぐ方やあらへんよって、斉藤はんはあきまへんわ」 「貢ぐ?、斉藤さまは、貢がれる殿方ですの?」 意外な言葉に、由乃さんの声が訝しげになる。 「あの無口と、孤独な雰囲気が、年上の女にはたまりませんのや。つまり、女心と云うより、母性をくすぐるんやろなぁ。何かしてあげたいと、おなごの心に無性に訴える、得な男はんどすわ」 「けどそれは不器用や、云うことですやろ?上手いお世辞を使えん性分やったら、あまり出世も期待できませんなぁ」 「確かに、世渡りは、下手ですわ」 「では、却下」 噂の斉藤さんの剣さばきよりも鋭く、ばさりと一刀両断するや、何事も無かったかのように、茶を啜る。 「世渡り上手なら、土方さんの右に出る男はんはおりまへんやろ」 「バチ当たりな程ですわ」 溜息のような声を漏らしながら、菓子鉢の中の饅頭に手を伸ばす。 「でもお顔だけは、伊庭はんに負けず劣らずの、ええ男ですわ」 と、梅香さんが呟いた、その時。 ひとり夢路を辿っていた総ちゃんが、「土方」と云う言葉に呼び寄せられたかのように、キヨさんに瞳を向ける。 「あら、みつさま、おつむが眠っていらしたのではありませんの?」 由乃さんの嫌味など、どこ吹く風。 「あのね、今、土方さんの声がしたのです」 嬉しそうに辺りを見回す。 「みつはん、落ち着きなはれ。土方はんの名を云うたのは、うちらです」 キヨさんの言葉に、今一度落ち着いて視線を巡らせば、そこに想う人の姿は無く、途端に項垂れる総ちゃん。 「けど、あの土方はんかて、結構に懐の深いところもありますのえ」 「どないな?」 「俳句どす」 「俳句?」 「そうどす、俳句どす。あないにおもろい句ぅ詠んで、皆を笑わせはって、自分から人の慰めになれる奇特な人やなんて、そう滅多におらへんかも・・」 「そうなのですっ」 皮肉の漬物のような言葉ではありましたが、元々が、土方さんへの愛の漬物のような総ちゃん。 皮肉も揶揄も通じるはず無く、満面に笑みを浮かべ、幾度も幾度も頷く。 梅香さんの言葉は、総ちゃんと云う究極の漬物樽の中で、たちまち、純粋培養添加物なし、賞味期限なしの愛に発酵してしまう。 愛とは――。 無尽蔵な錯覚と、果ての無い誤解が生じさせる、覚めない甘い甘い夢なのかもしれないと、口腔に広がる、うつつの甘さを味わう、キヨさん。 それでも。 走りすぎた一途と莫迦は紙一重。 「みつ・・、恐ろしい子」 一歩間違えば底の無い滑稽を、究極の愛に昇華させてしまう総ちゃんに、畏怖の目を向ける。 「・・あのね、土方さんは、バチ当りなくらいに世渡り上手で、自分から笑い者になれるくらいに懐が深いのです」 「さてお次は誰ですやろ?」 自慢のつもりがそうで無くなっているのにも気付かず、夢中で土方至上を力説する総ちゃんを置いておいて、キヨさんの一言で、三人は再び『品定め』へと転じる。 「俊介さまですわっ」 気合を入れるように、つんと顎を上げる。 その様子など歯牙にもかけ無い風情で、ひとり静かに茶を啜るキヨさん。 「やはり夫にするのならば、俊介さまが一番ですわ。お顔は毎日見ても飽きないし、診療所を切り盛りする才覚はおありだし、うるさい姑も、小姑も・・」 と、ちらりとキヨさんを見る。 キヨさん、ゆっくりと饅頭を手に取り、二つに割る。 そのキヨさんから梅香さんへ視線を移して、由乃さん、 「いらっしゃらないし」 きっぱりと、云い切る。 ところが・・・ 「あのね、田坂さんは駄目なのです」 いつの間にか夢路から戻って来た総ちゃんが、それに異を唱える。 「あら、みつさま、まだ夢を見ていらっしゃいますの?おめでたいこと」 「田坂さんはね、お兄さんが好きなのです。だから駄目なのです」 何が駄目なのだと云わんばかりの鋭い眼差しにも怯まず、にこにこと身を乗り出す。 「・・・兄ぃっ?」 訝しげに眉根を寄せた由乃さんに、こくこくと頷く総ちゃん。 「では俊介さまは、未だお兄さまが忘れられなくて、おなごには興味が無いと仰いますのっ?」 鬼気迫る形相で、総ちゃんの襟に手を掛ける。 それに瞳を丸くして仰け反る、総ちゃん。 本当の事を教えただけなのに、どうして由乃さんが怒るのか、とんと分からないけれど、今はただただ由乃さんが恐ろしくて、か細い身体を震わせる。 と、その時。 「・・あんなぁ、若せんせのお兄はんは、みつはんに瓜二つですのや」 おっとりと響く、長閑な声。 「それはそれは綺麗で、そこら辺のおなごが束になってかかっても敵わかったそうですわ。そないな人が傍におったら、忘れられんのも仕方あらへん。・・案外、若せんせいは、お兄はんの面影を追い続けて、一生を過ごすのかもしれへんなぁ・・」 と、呟くや、ふたつにした饅頭の残りを口に入れ、奥深い甘さを味わう。 そうして。 「あ、姑が横からいらんこと云うて、堪忍」 はんなりと、由乃さんに笑いかける。 「きっとね、キヨさんの云うとおりなのです。田坂さんは、お兄さんの面影を追い続けるのです」 勝手に田坂さんの昔を、今の土方さんと自分に置き換えて瞳を潤ませる。 やがてその瞳は、土方さんを想い、再び夢路を彷徨い始める。 「美しい愛の物語、ですわ」 こちらも、饅頭の余韻にひたるように、うっとりと呟く。 「・・美しい兄、その兄への思慕を募らせる弟・・、じゃぁ、・・じゃぁ・・」 総ちゃんの襟を掴んでいた手を、ゆっくりと離し、 「兄弟ものの、年下攻め?」 頬を上気させ、ぽつりと呟く。 天井に向けた眸は、何故か異様に輝いている。 「男同士の色恋は、おなごより、そろばん勘定が少ないよってなぁ」 「清らかな色恋云うんは、このご時勢、もう男はん同士にしか生まれませんやろ。おなごには、どうしても打算が入りますよってなぁ・・」 ほうっと溜息をつくや、饅頭の名残を惜しむように、ゆっくりと茶を啜る。 けれど、惚けたように唇を半分開き、ほわんと視線の定まらない総ちゃんを垣間見、 (・・シアワセも、度が過ぎるとなぁ・・) と、半ば諦観、半ば呆れた呟きを漏らす。 「では一向お相手を決めない伊庭さまも、もしかしたら・・?」 ひそめた声が弾む。 「伊庭はんの意中のお相手は、何でも新撰組のお人で、それが又、えらい別嬪さんや云う噂どすわ」 「まぁっ・・」 と、口元に手を当て、眉根を寄せたものの、声はひどく嬉しそう。 「それでは、斉藤さまは?」 ついつい、梅香さんへにじり寄る。 「それも、新撰組の隊士さんらしいわ。こっちも、立てば芍薬坐れば牡丹、歩く姿は百合の花の、見目麗しい容姿や、云う事どす」 「まぁ、それでは、隊内恋愛?」 益々嬉しそうに、声を上げる。 「うちの調べたところでは・・」 と、傍らに置いてあった、細長い紙を綴った帳面を取り出し捲る。 「伊庭はんと斉藤はんの懸想相手は、どうやら同じ人らしいですわ。それに土方はんも加わっているそうどす」 梅香さん、由乃さん まぁっ、とキヨさんに詰め寄る。 その二人に向かい、更に秘め事を語るかのように声を小さくし 「しかも、その意中のお人、どうやらうちの若せんせいのお兄さんにも似てはる、つまり、みつはんとも瓜ふたつやそうですわ・・」 と、しらじら、云ってのける。 「それやったら、ひとりの男はんを巡って、土方はん、伊庭はん、田坂はん、斉藤はんの、男同士の、四つ巴の戦いやおへんかぁっ」 「まぁっ、まぁっ」 異常な興奮と共に、男色談義にのめり込んで行く女三人。 その三人を他所に、ひとり、現(うつつ)から離れて、おつむの中に土方さんを浮かべ、今年もとってもシアワセな総ちゃん。 女たちの、勢いを増すばかりの姦しいお喋りに耳をそば立てていたお天道さまが、恥ずかしそうに、でもちょっぴり嬉しそうに、紅く頬を染めました、とさ。 |