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総ちゃんのシアワセ♪
斬り捨てさまのお祭り♪なの
総ちゃんは藤堂さんの横にお行儀よく座って、伊東さんのお話を聞いています。
伊東さんはさっきから熱心に西洋の神さまの生まれた日について講釈をしています。
『ですから、異人の間で一番有名な神さんはきりすとさんと言う人で、明日はその人の生まれた日なのです』
伊東さんが一際大きな声で言いました。
『・・・斬り捨てさんっ??』
総ちゃんはびっくりして隣の藤堂さんを見てしまいました。
なんて大胆なお名前なのでしょう。
神さまなのに斬り捨てだなんて、阿修羅さまよりも怖いお顔をしているのでしょうか?
『・・激しい名前だな。考えの無い奴等が祭り上げなけりゃいいが』
藤堂さんは胡座をかいて、手を顎にやると難しそうに眉をひそめました。
総ちゃんは自分と同じ年なのに、いろいろと物知りの藤堂さんを、とても尊敬しているのです。
『だから異人さんは上さまをいぢめようとするのですか?』
総ちゃんは目を丸くして聞きました。
『・・・・どうやら過激な神さんらしいからな』
藤堂さんは今度は腕を組んで、もっと難しい顔をしました。
『・・・かげき?』
『何しろお前、右のほっぺたをぶん殴ったら、左のほっぺたも一緒にぶん殴れっていう神さんらしいぜ』
藤堂さんはそれがさも大切な秘密事のように、小さな声で総ちゃんに言いました。
総ちゃんは思わず両方のほっぺに自分の手を当ててしまいました。
なんて痛い神さまなのでしょう。
そんな二人の会話を横で聞いていた永倉さんは、「確か伊東は右のほっぺたをぶん殴られたら、左のほっぺたも出せ・・・って言った神さんだって言ったよな」と思い出しましたが、いくら何でもそこまで人のいい神さんもいないだろうと、藤堂さんの話を訂正するのをやめました。
『・・・信じるものは救われるって言うしな』と、独り言のように付け加えました。
伊東先生の独演会も終わって、皆が立ち上がってお部屋を出て行っても、総ちゃんと藤堂さんと永倉さんはそこに座ったままです。
総ちゃんは初めて聞く西洋の神さまの事がびっくりする事ばかりで、まだぼぉーとしています。
そこで総ちゃんはふと思いました。
『あのね、斬り捨てさんが西洋で一番人気がある神さまなら、土方さんは新撰組で一番みんなに好かれているのかな・・?』
総ちゃんはそれは絶対に当たっていると信じていましたが、一応この二人にも聞いてみることにしたのです。
総ちゃんは自分だけでなく、他の人が土方さんを誉めているのを聞くのが大好きなのです。
でも二人は怪訝な顔をして会話を中断すると、総ちゃんの顔をまじまじと見ました。
『お前、また具合が悪いのか?』
永倉さんは総ちゃんのおでこに、ぴたっと手をあてました。
『・・・なぜ?』
総ちゃんはおでこを覆った手の下の瞳をまぁるく見開いて、不思議そうに永倉さんを見ました。
『何で土方さんが新撰組で一番好かれているんだよ』
藤堂さんも心配そうです。
総ちゃんの顔を真剣に覗き込んでいます。
けれど総ちゃんこそ、この二人の言っている事が分かりません。
だって聞くだに怖い、斬り捨てさんという神さまが一番慕われているのなら、局中法度を作ってみんなを怯えあがらせた土方さんが、新撰組で一番好かれて当然だと総ちゃんは信じているのです。
『そんなに怖い斬り捨てさんが一番なら、土方さんだって負けない位にみんなに怖がられているもの』
総ちゃんは満面の笑みを浮かべて、藤堂さんを見ました。
愛は盲目です。けれど走りすぎると滑稽です。
藤堂さんはそのまま順送りのように、永倉さんを見ました。
永倉さんは誰もいませんでしたが、やっぱり逆らわずに順送りに視線を庭に移しました。
すると永倉さんの視界に映ったのは以外にも、八郎さんが扇を口元に当てたまま、ゆっくりとこっちに来る姿でした。
『今日は何だえ、皆お揃いで』
八郎さんはそこに総ちゃんだけいて、土方さんがいない事でとても気分が良かったので、殊更愛想よく問いかけました。
『斬り捨ての話をしていたんだよ』
藤堂さんはちょっと西洋事情にも詳しいぞっ、という処をさりげなく見せるために自慢気にいいました。
『斬り捨て?』
八郎さんは不審な顔をしました。
『ばてれんの神さんだってよ』
永倉さんが横から説明をしました。
八郎さんは一瞬「それはきりすとだろう」と思いましたが、そんなことをいちいち説明していると、総ちゃんと二人になる時間が短くなるので、突っ込むのは止めました。
『そういえば斬り捨ての生まれた日の前の夜は、西洋では新しい足袋を枕もとに置いて寝ると、欲しいものが朝になると入っているっていう話だぜ』
八郎さんは藤堂さんよりも博識だという処を、ちらっと見せました。
『けどお前、それはただって事はないだろうよ。世の中には貰ったもんにはそれ相当のお返しをしなけりゃならない道理ってもんがある。義理をかいちゃぁ人間はおしまいだぜ』
永倉さんは江戸ッ子なので、義理には厚いのです。
『・・・・欲しいものが、朝起きると足袋の中に入っているのですか?』
総ちゃんは不思議そうに聞き返しました。
『斬り捨てって神さんは太っ腹だな』
藤堂さんは感心しました。
『だがその前に、何でも大きな木に色々飾り付けをして、斬り捨てとかいう神さんを持ち上げていい気分にしてやらないと駄目らしい。全く手間の掛かる神さんだぜ』
八郎さんは人に聞いたことの、うろ覚えのうろ覚えを、どうしてこんなに自信を持てるのかと言う位に強く言い切りました。
総ちゃんは、またまた考えました。
もしも斬り捨てさんにお願いして、足袋に入る位の小さな土方さんがもう一人いたらどんなに楽しいでしょう。
そうすれば、総ちゃんはその小さな土方さんを一緒にお風呂に入れてあげたり、ご飯を食べさせてあげられたり・・・そうです、四六時中土方さんのお世話ができるのです。
まるで夢のようです。
総ちゃんは思います。
いつも手を合わせる神さまは道場にあるので、きっと剣術以外は専門外でしょう。
けれどまだ知らない西洋の神さまなら、もしかしたら出来ない相談にも乗ってくれるかもしれません。
一寸法師の土方さん・・・毎日胸の中にいれて一緒にいられればなんて素敵なのでしょう。
そんなことはある訳は無いと思っても、古今東西人間というものは自分の夢の実現には都合の良い風に幾らでも解釈できるものです。
総ちゃんはいつの間にか夢と現実の境を見失ってしまっていました。
『八郎さん、その木には何を飾ればいいのですか?』
総ちゃんは真剣な瞳で八郎さんに詰め寄りました。
もう頭の中は足袋に入る土方さんの事で一杯です。
『・・・そうさなぁ、確か蝋燭と、光るものと・・』
『そりゃ小判かよ』
永倉さんは地獄の沙汰も金次第というのも、あながち嘘とは言えないなと思って、ふりふりと首をふりました。
『いや、小判じゃない・・そうだな・・』
八郎さんは前に本で見た飾り物をした木のことを、適当に思い出そうとしました。
『・・そうだ』
ハタと気が付いたように呟いた八郎さんを、みんな一斉に注目しました。
『仏壇にある鐘・・・あれみたいのだった』
『ちーん、て鳴るやつか?』
『そうだ。大体が宗教に関係することなら、例え西洋だろうがやることは似たり寄ったりだろう』
八郎さんの言葉には妙な説得力があります。
『あとは?』
総ちゃんはもう必死です。
もしかしたら、斬り捨てさまは総ちゃんの願いを聞いてくれるかもしれないのです。
くれぐれも粗相の無いようにしなければなりません。
『・・・あとはなぁ・・・そうそう、短冊みたいのをつけてあったな。それに欲しいものの名前を書いておくのだ』
八郎さんはすっかり思い出して満足でした。
『・・・短冊に欲しいものの名前を書いて吊るすのか・・。それって七夕みたいだな』
今まで黙っていた藤堂さんが、ぽつりと呟きました。
『人が神頼みをする事には変わりは無いんだから、する事がおんなじで当たり前だろうっ』
とたんに八郎さんが不機嫌に言いました。
実は八郎さんは、もしかしたら七夕だったかな・・と、ちょっと心の中で思ったところだったのです。
自分のでたらめを他人に指摘される程腹の立つ事はありません。
八郎さんはとても嫌な顔をしました。
『どんな短冊なら斬り捨てさんは喜んでくれるのかな?』
そんなことはお構いなしの総ちゃんは、一生懸命斬り捨てさんの好みを八郎さんから聞き出そうとしました。
『そりゃお前、りっぱな短冊に越したことはないさ。神さんだって人の子だ。安っぽい短冊よりも、りっぱな短冊の方が嬉しいに決まっている』
永倉さんが、さも当たり前のように言いました。
「神さんは神さんの子じゃないんだろうか・・・」
藤堂さんはそう思いましたが、後で永倉さんに突付かれても困ると思ったので、あえて聞かないふりを決めました。
『・・・りっぱな短冊・・』
呟いて思案していた総ちゃんの顔が、ぱぁっと明るくなりました。
そうです。土方さんのあの句を書いた短冊なら、神さまはきっと喜んでくれる筈です。
何しろ新撰組で一番皆に好かれて、近藤先生だって一目置いている土方さんの短冊です。
これ程りっぱな短冊がどこにあるでしょう。
句を書いた裏に、ちょっとだけ自分のお願いを書いて吊るしてみよう。
そうしたらきっと斬り捨てさまは願いを叶えてくれる・・・そう思うと、もう一刻も早く短冊を吊るさなければと、総ちゃんはすっくと立ち上がりました。
『どこに行くのだえ?』
八郎さんが総ちゃんの袖を咄嗟に掴んで引き止めました。
『・・・・あの』
総ちゃんは途端に口ごもってしまいました。
立ち上がったは良いけれど、その途端に大変なことに気がついたのです。
土方さんはあの句集を大切に大切にしています。
例え総ちゃんでも外に持ち出してはいけないと、いつも厳しい顔をして言うのです。
それほど大事なものを破って持ち出したら土方さんは怒り出してしまうでしょう。
それでも諦めきれずに、総ちゃんは思います。
(あとでそっと分からないように貼り付けて返しておけば・・・・)
斬り捨てさんの生まれた明日の朝まで借りるだけです。
上手くやればきっと分からない筈です。
『あの、土方さんのところに・・・』
『それじゃぁ俺も一緒に行くよ』
八郎さんはにっこり笑って立ち上がりました。
でもお腹の中では、絶対二人になんぞしてやるものか、と思っています。
総ちゃんは土方さんのお部屋にそっと忍び込んで借り出そうと思っていたので、困ってしまいました。
『総司、今日はお前の好きな禁裏御用達の虎印の羊羹を持ってきてやったぜ。何でもその斬り捨てという神さんの生まれた日の前の夜は、二人で甘いものを食べると願いが叶うそうだ。昼間から食べつづければ夜だけ食べるよりも、よっぽど相手にとっちゃ嬉しいだろうよ』
八郎さんは真っ赤な嘘を、まるっきり本当のように言い切りました。
『羊羹を食べるともっと願いが叶うのに近くなるのですか?』
総ちゃんはどきどきしました。
立派な短冊に、立派な羊羹・・・・これだけ斬り捨てさまにご奉仕すればきっと願いは叶えてくれる筈です。
明日の朝目覚めた時には、足袋の中に一寸法師の土方さんが居るのです。
今夜は嬉しくて眠れないかもしれません。
『俺も羊羹が食いたい』
藤堂さんがふいに言いました。
『悪いな、これは俺と総司の分しかないんだ』
八郎さんは全然悪く無さそうな顔で言いました。
『斬り捨てさんっていうのは、平等だってさっき伊東が言っていたぜ』
妙なところで記憶力のいい永倉さんが言いました。
『けど斬り捨てって名前なんだから、要らない奴は斬り捨ててもいいんだろう?』
八郎さんは事も無げにいいました。
『それじゃ、俺は要らない奴?』
藤堂さんはその時ちょっと、伊東さんに誘われている話を受けちゃおうかな・・・と思う位にむっとしました。
そんな風に三人が揉め始めたところで、総ちゃんは気付かれないように、こっそりお部屋を抜け出しました。
そうです、向かう先は土方さんのお部屋です。
はぁはぁと廊下を駆けて土方さんの部屋の前に来ると、総ちゃんはそぉ〜〜と中を覗きました。
幸いにも土方さんはいません。
総ちゃんは今にも心の臓の音が口から飛び出しそうになるくらいに大きくなりましたが、急いで押入れを開けると行李の中をがさごそと探しました。
『あった』
総ちゃんの嬉しそうな声が聞こえました。
そして手には「豊玉発句集」と仰々しく書かれた句集がありました。
総ちゃんは辺りを見回すと、震える指でその中の一枚を破りました。
それをすぐに胸の中にしまうと、元あったように急いで直しました。
総ちゃんは胸に大事そうに手をあてて、小走りに自分のお部屋に向かいました。
お部屋に戻ると、総ちゃんはすぐに短冊の裏に「斬り捨てさま、足袋の中に入る土方さんを下さい」と書いて筆を置きました。
もう一度誤字脱字が無いか確かめると、総ちゃんはやっとにっこり笑いました。
これで万端です。
総ちゃんは短冊を木に吊るすために立ち上がり、お部屋を出ようとしまして気がつきました。
『あ、西本願寺のお坊さんにお願いして、ちーんの鐘と蝋燭も借りてこなくっちゃ・・・』
総ちゃんはまたまた急いで廊下を駆け出しました。
総ちゃんがお外ですっかり冷え切って、白い息を吐きながら土方さんのお部屋に行くと、そこには仏頂面の八郎さんも居ました。
『どこへ行っていたんだ』
土方さんはすごく不機嫌そうです。
実は今まで総ちゃんを見失って面白く無かった八郎さんに、ねちねちと攻撃されていたのです。
そんな事は知らない総ちゃんは、しょんぼりとうな垂れてしまいました。
『・・・西本願寺です』
小さな声で応えました。
『何をしに』
土方さんは相変わらず不機嫌です。
だいたいが、総ちゃんが自分に黙ってどこかに行ったことが許せません。
総ちゃんは短冊のことは内緒で、お寺で借りた鐘や蝋燭を木に吊るしに行った事だけを話そうと思いました。
『・・・土方さん、あのね・・』
『そんなことより早く羊羹を食おうぜ、総司』
八郎さんが途中から口を挟みました。
『俺とお前の分しかないと言ったら、土方さんは甘いものなんぞ食えるかって言うから丁度いいよなぁ』
八郎さんはちらりと土方さんを見ました。
『総司とお前の分だとっ?』
土方さんはすごい形相で八郎さんを見ました。
『俺は二人分だと言ったんだぜ。俺と総司の分に決まっているじゃないか』
八郎さんは涼しげに言いました。
『羊羹なんざ食う奴の気が知れない』
土方さんはふん、と文机に向かってしまいました。
総ちゃんはおろおろしてしまいましたが、八郎さんの差し出す羊羹を受け取ると、ちょっとだけ考えて、やがてそれを懐紙に載せて楊枝で切り分けました。
『土方さん・・・』
土方さんの背中に、総ちゃんはおずおずと声を掛けました。
呼ばれてしょうがなくふりむいた土方さんに、総ちゃんは羊羹を差し出しました。
『俺に食えというのか?』
総ちゃんは俯き加減で、こくこくと頷きました。
実は総ちゃんは土方さんの句集を破ったことを思うと、どきどきして顔をあわせられないのですが、それよりも甘いものが嫌いな土方さんが斬り捨てさんの為に羊羹を食べてくれたら、自分のお願いがどんなに切実なものか、きっと分かって貰えると総ちゃんは思ったのです。
けれどそんな総ちゃんの様子が、土方さんには自分に気遣っているとしか思えません。
土方さんは少し機嫌を直しました。
『総司がどうしても俺に食わせたいって言うんじゃ仕方が無いな』
土方さんは八郎さんを見て、仕様が無さそうにやりと笑いました。
総ちゃんは土方さんのためにお茶を入れています。
土方さんは満足そうに羊羹を食べています。
ひとつ食べ終わると、総ちゃんはまた自分の分も土方さんのお口に持ってゆきます。
とにかく甘いものが苦手な土方さんだってこんなに羊羹を食べているのだということを、斬り捨てさんに見せなければならないのです。
総ちゃんはかいがいしくお茶も羊羹も土方さんのお口に運びます。
それを見ている八郎さんには、どうにもこうにも面白く無い情景です。
その八郎さんを、土方さんは総ちゃんの羊羹のお給仕を受けながら、横目でちらりと見ました。
その時唇の端を緩めて一瞬、八郎さんだけに分かるように、誇らしげに笑う事も忘れませんでした。
八郎さんはお腹の中で
「あの川柳もどきの俳句で正月の年賀用のいろはかるたを作って、来年の年始回りの時にばら撒いてやろう」と、一瞬の内に決めました。
が、そんな事は顔にも出さずに立ち上がりました。
『それじゃ俺は今日は帰るよ。総司、また明日な』
と、総ちゃんだけににっこりと笑いかけました。
煮え繰り返る腹の内を鎮めるために、早速かるたを作ってくれそうな表具屋さんに向かおうと、八郎さんが西本願寺の境内を歩いているとお坊さんが庭の枯れ葉を掃いていました。
そこに八郎さんと反対の方から、もう一人のお坊さんが駆けて来ました。
『知念はん、本堂にあった「りん」知らん?』
『さっき沖田はんに、玄海僧正さまが蝋燭と一緒に貸してはりましたけど・・』
『沖田はんに?』
『へぇ。なんや明日の朝まで貸して欲しい言わはって・・・』
『玄海僧正さま、沖田はんに「ほの字」やさかいなぁ・・』
『正念はんかて同じですやろ。先日沖田はんを誘ってはるとこ見ましたえ』
知念さんはくすりと笑いました。
『玄海僧正さまには内緒やで。・・・けど今度、一緒に干菓子食べませんか言うてもう一回誘ってみようかなぁ・・・思うてるんやけど』
正念さんは声を落として知念さんに言いました。
『いっそ沖田はんの巡察の道と、托鉢一緒にしたらどないやろ』
知念さんは妙案だとばかりに、正念さんにひそひそと言いました。
『あっ、それやったら自然でええなぁ』
正念さんは大きくうなずきました。
『で、沖田はん、その「りん」と蝋燭何に使うつもりやったんやろ・・・』
『何でも木に吊るす言わはったそうや』
『あの人、ちょっと変わったとこあるなぁ・・・』
それすらもあたばたも笑窪とばかりに、正念さんはほんわかと笑いました。
八郎さんは木の幹に背をもたれさせ、腕を組んでこの会話を聞いていました。
まったく冗談ではありません。
総ちゃんに着せるのを絶対に止めさせたいと思っている、あのだんだらの羽織の後に托鉢坊主の集団が歩いていたら、目立つことこの上ありません。
それより何より、やはり八郎さんの懸念していたとおり、坊主達の中には総ちゃんに目をつけている奴等がいるのです。
大体が坊主の世界ではそれが普通なのです。
八郎さんは、ふりふりと頭をふりました。
やはり総ちゃんをこんな所に一刻も置いておくわけにはゆきません。
早速宿舎に帰って江戸に連れ帰る手はずを考えなければなりません。
八郎さんはゆっくりと木から離れました。
と、その時です。
一瞬辺りの枯葉を舞い上げる勢いで、北風が通り過ぎました。
『ああ又やりなおしや・・・』
知念さんはせっかくまとめておいた枯葉が四方に散らばったのを見て、がっかりしたように呟きました。
『・・・何やこれ?』
正念さんは自分の顔にぺたっと貼り付いた紙を迷惑そうにはがすと、指でつまみました。
『・・・足袋にはいる・・土方さんを下さい・・・何のことやろ?』
二人は顔を合わせて、「はてな」という風にお互いを見ました。
正念さんは裏をひっくりかえすと
『しればまよいしらなばまよわぬこいのみち・・・』
声をだして読み上げましたが、知念さんも益々分からないと言うように首を傾げました。
『それは奥の深い禅問答だぜ』
後ろからかかった声に、正念さんと知念さんが驚いて振り向くと、頬に笑みを浮かべた八郎さんがゆうゆうと歩いて来るところでした。
『・・・どなたはんで?』
『名乗る程の者じゃないが・・・・その言葉、実は考えれば考える程、果てない人の世の条理の謎解きとなっている』
八郎さんは自分でも訳の分からないことを、さも尤もそうに言いました。
『そないに深い真理が・・・』
正念さんと知念さんは、すっかり八郎さんの自信たっぷりの態度を信じ込んでしまいました。
『昔その句の奥の深さを読み取れなくて、一休上人すら唸ったという逸話すらあるらしい』
八郎さんはまことしやかに言っただけで、嘘はついたとはこれっぽちも思っていません。
『えっ・・・あの、一休禅師さまがっ・・・そないに勿体無いものを・・』
正念さんは短冊を持つ手が震えました。
『ほなこれ玄海僧正さまにお見せして、明日門徒衆の集まる説法会で読んだ方がええんやろうか』
正念さんは自分がこの紙を拾ったことをお手柄のように思えました。
『いっそ新撰組の者達も呼んで聞かせてやったらいい。それが功徳というものだ』
八郎さんは満面の笑みを浮かべて頷きました。
折から射し込んだ夕陽が八郎さんを黄金色に染め、二人の禅僧にはこの上なく尊いお姿に見えました。
『では』
ゆったりと去ってゆく八郎さんの背に、思わず手を合わせた正念さんと知念さんでした。
八郎さんはそんな二人のことなど、二歩歩くとさらりと斬り捨て、明日総ちゃんと一緒に食べる昼のお弁当は何にしようかとほくそ笑みました。
年末年始は土方さんは公務で忙しい筈です。
総ちゃんを誘って温泉にでも浸かりにゆくのも又一興。
八郎さんは木枯らしすら温く思う、楽しい思い込みで頭はいっぱい胸もいっぱいでした。
今日は、ばてれんの神さまのお生まれになっためでたいめでたい前夜祭。
誰も彼も今はまだまだ、とってもシアワセな夢の中♪
おあとがよろしいようで♪
瑠璃の文庫
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