祇園囃子 真琴さま 「ふ…あ……ぁん……」 快楽の坂を上りつめ、自分の中で土方の欲望が弾けるのを感じながら、自分も土方の大きな手のひらに放った。 気だるげに土方の胸に背を預けて、乱れた呼吸を整える。 「大丈夫か?」 後ろ抱きの姿勢のまま肩口に顔を埋めた土方が問う。 「大丈夫。…だけど、少し…こわい」 「こわい?」 怪訝そうな土方に小さく頷く。 「今日は…宵山だから…」 「……」 土方が小さく息を飲んだのが薄い背越しに伝わる。 あの日、総司は激闘の末、大量の血を吐いて倒れた。 その瞬間を土方は目の前で見ていた。 崩れていく細い身体を抱きとめるのに精一杯で、何が起こったのか理解できなかった。 ――――あれから一年―――― 「あの音が、耳について離れないんです…」 どこからともなく聞こえてくる祇園囃子。 綺麗な眉をよせ、耳を押さえたい衝動に駆られている。土方はそんな総司の頤を掴むと強引に口づけた。 「んんっ」 何度も角度を変え永遠とも思える口づけを与える。 「忘れちまえ」 「…え?」 土方の囁きに、ようやく解放された唇から小さな応えが返った。 「忘れたいなら忘れればいい。俺と一緒の時は…忘れて、乱れればいい」 総司の眦から透明な雫が零れ落ちた。 「土方さんっ」 土方に向き直り総司が自ら口づけてくる。 優しく抱きしめる土方の腕の中で総司は静かに涙を流した。 「総司?寝ちまったのか?」 眠りの淵を漂っている総司の耳元で土方が囁く。 幼さを残した寝顔に疲れの色が滲んでいる。 久しぶりに取れた非番だと言っていた。 ゆっくり休ませてやるのが一番いいのだが、自室の窓辺に凭れかかり何か考え込んでいる姿に、外に連れ出すことを思いついた。 結局、総司を求め、自分を受け入れさせた。 圧倒的に総司に負担がかかる行為だと分かっていても。 「いつも無理ばかりさせているな」 ポツンと弱気な言葉が零れ落ちた。 総司の腕を頼りにするあまり一番隊の出動は多い。土方の知らぬ所で体調を崩し咳き込んでいるはずだ。 「…挙句がこれかよ…」 今日が何月何日かもすっかり忘れていたのだ。 総司の沈んだ様子で気づいてやるべきだった。俺がそばにいながら… 「すまない」 いつの間にか夜の帳が下りていた。 部屋に灯りは入っていないが、障子を通して外の明かりが差し込んでくる。 聞こえていた祭囃子も今は聞こえない。 また少し痩せたか? 細い肩や薄い背。 京の夏は蒸し暑い。身体にまとわりつくような暑さが病を抱える総司には堪えるはずだ。 抱きしめると悲しい現実が伝わる。 「ん…」 腕の中の総司が少し身動ぎした。 起きるかと思ったが、そのまま寝息を立てて眠ってしまった。 明日になれば、また祭囃子は鳴り響く。 「聞きたくなければ、俺の所へ来い」 一人で物思いに沈む様なことは、もう二度とさせない。 俺がおまえを守る。 おまえが忘れたい、と言うなら忘れさせてやる。 …ほんの一時だが… 「俺の所へ来い」 頬に、唇に、白い肩に口づけを落とし、総司を抱いたまま静かに横になる。 どうやら抱きしめる人肌に眠気を誘われたようだ。 眠りに落ちる前。 どこからかまた、祇園囃子が聞こえてきた。 「総司が起きるじゃねぇか。静かにしやがれ」 小さく毒づきながら、土方も深い眠りへと入って行った。 終 |