お屠蘇

常に薬の香りが漂う田坂の診療所であるが、師走も半ばをすぎると、その香りは晴れやかな気持ちにしてくれるものも混じってくる。
お正月の屠蘇散作りが始まったのだ。

患者は一年の治療代を納めたら、診療所からお歳暮として、屠蘇散をいただき、来る年の健康を祈る。


屠蘇散は、オケラの根や防風の根、桔梗や桂皮、山椒などの生薬を調剤したもので、それを紅絹(もみ)や正絹で作った袋にいれて、お酒や味醂に浸して元旦の朝頂く。
新撰組にも平らかに、正月がやってくる。元旦に屠蘇器を並べて寿ぐことぐらいするだろう・・・
田坂はそんなことも考えながら、調合作業を進めていた。


あしたは今年最後の一の付く日である。
総司も多分診せにやってくるだろう。


さんかくに もみをたたみて とそぶくろ はりめをそろえ きちじつにぬう 屠蘇散を入れる袋を縫うのは、キヨの仕事だ。
その、温かい手に掛かって縫われる袋にも、息災であれ、という気持ちが充分にこめられているようでやわらかな、 三角形をしていた。

「沖田はんには、正絹より紅絹の袋のほうがよろしおすやろ」と先日言っていたので、もう総司用の袋は出来あがっていることだろう。

「ああ、今年も先生のお陰で無事にこの屠蘇散を頂き、年を越すことができます。ありがたいことです。」と養父からの代からの患者さんの言葉も多いに励みになる。
屠蘇の調剤は、養父から受け継いだ用法をきっちり守っている。
さじひとつ たんきるききょう おおくして きみのとそさん ととのえればゆき

どの患者さんにも屠蘇散だけは同じ調合のはずなのに・・・

あああ・・・患いが重いのは私かもしれない。

紅絹でできた屠蘇袋に総司用の屠蘇を入れていると、外は音が消えたように静かなことに気がついた。

外は雪になったようだ。


この雪に難儀して明日は総司は来ないかもしれない。いや・・律儀な彼のことだ、・・きっと来るだろう。
そして、こんな寒い日は・・などと小言をいう自分が想像できて、一人笑ってしまった。


すっかりと枝まで落とし、今はそこに、植わっているかもわからない、紫陽花の根本にふっくら雪が積もっていた。
この紫陽花は来年も白い花鞠をつけるだろう・・そして・・・

そこで、思考を停めた。

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