梅の花



「梅見に行きませんか?」
忙しそうに書類の束に目を通している背中に問う。
「何?」
思った通り怪訝そうな顔で振り返る。
「俺はおまえほど…」
「昨夜も山南さんとやりあったんでしょう?」
冷たいとさえ思える声だった。
最後まで言わせないように言葉をかぶせる。

ふぅ

呆れたようなため息をついて土方は立ち上がった。
再び視線を投げると、そこには柔らかい笑みを浮かべた総司がいた。



学問の神様として知られる北野天満宮は梅の名所としても名高い。
社域に入ると甘やかな香りが鼻腔をつく。
総司が選んだのは社域にある茶店だった。
そこからも見事な梅の木が見える。
もうすぐ二月になろうというのに、今日はすこぶる天気がいい。
暖かい日差しを浴びていると、ふっと気持ちまで和んでいきそうだ。
総司はそんな土方を見ると、やけに大人びた静かな笑みを浮かべた。
「いつもおまえに助けられているな」
「え?」
思ってもいなかった土方の言葉に総司は首を傾げる。
「屯所移転の件で山南とやりあったよ。ここしばらくずっとだ。意見の食い違い、なんて可愛いもんじゃねぇよ」
多くを語らない土方が深い溜息をついた。
屯所移転の件で二人が対立しているのは知っていた。
土方は隊の存続を優先し、山南は人々の信仰心を敵にまわすことを憂慮している。
互いの主張が交差することはありえない。
「私は…何も……できないですよ…」
総司は総司なりに二人の橋渡しをしようとした。
だが上手な言葉がかけられない。
こうして連れ出し気分転換させることぐらいしか、できない……。



「おまえのその気持ちだけでいい」



耳元で囁かれた言葉に顔を上げる。
土方の優しい瞳がそこにあった。



「その優しさを…山南さんにも、見せてくださいよ……」



寂しそうに笑う総司に土方の胸は痛んだ。
近頃では山南と激しくやりあった後には、必ずといっていいほど総司を求めた。
優しく抱くこともしない自分を戸惑ったような表情で、だが優しく受け止めてくれる総司に甘えていた。
「…すまない…」
言葉が吐息と共に吐き出された。
見つめてくる澄んだ瞳は、掻き乱された土方の心を、静かな水面へと変えていく。
そんな土方の変化を敏感に悟った総司が微笑む。
土方の手が総司の肩に伸びる。
が、ここが人目の多い北野天満宮であると気づいて止まる。
ぷっ、とどちらともなく吹き出すと、参拝客らが思わず振り返るほど大きな声で笑っていた。



それからの二人は、梅の香りに包まれて、しばし穏やかな時間を過ごしていた。
「そろそろ帰るか?」
どんなに暖かい日でも、夕方ともなれば日は翳り風も出てくる。
病を抱えた総司には、冷たい風に当たるのは身体によくない。
素直に頷いた細い肩を抱きよせ、壬生へと戻る道を辿った。




                     





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