煙雨U (五)




 音も無く降り始めた雨は、このまま止まずに朝まで続くのではと・・・
そんな事を思いながら、眠りの淵に落ちていったまでは覚えている。
が、その覚醒を強引に促したのは、幾筋か、糸のように細く射し込む、昨夜とは打って変わった、眩いばかりに耀るい陽光だった。
 更に耳を澄ませば、道場からの掛け声が遠くに聞こえ、既に屯所内は一日の営みを始めた活気に満ちている。
それなのにこの部屋ばかりが雨戸に光を遮られ、こうして未だ薄闇に包まれているのは、自分の眠りを妨げないが故の配慮だとは直ぐに知れた。
だがその気遣いは、総司に、否応無しに我が身の不甲斐無さをつきつける。
そして何より、意識が闇に沈む寸前まで、傍らで感じていた土方の姿が其処に無い事が、総司に得も云えぬ寂寞感を呼び起こしていた。
そんな焦りのままに身体を起こした瞬間、それは主の云う事を聞かず、直中(ただなか)で止まる事無くゆらりと前に傾いだが、その危うい均衡を何とか持ちこたえて立ち上がると、総司は手早く身支度を整えた。
――まだ身に籠る熱は、時折悪寒を走らせ、その都度背筋を震わせたが、夜通し付き添わせてしまった土方の顔を、今はどうしても見たかった。
が、袴の紐を結び終えた寸座、指の動きに止めていた瞳が突然上げられ、そのまま視線だけが外へと向けられた。


「お目覚めでしたか」
やがて気配の主は、室の前まで来るや、この男にしては珍しく遠慮の無い強引さで、中の様子を伺う。
しかもいらえも待たずに障子を開け、突然の事に驚き立ち竦んでいる総司の姿を見止めるや、これ見よがしの難しい顔を作った。
「そのように無理をされては、私が副長に叱られます。どうか床に戻って下さい」
山崎の声は困惑の体を装いながらも、ある程度この事態を予測していたのか、諦めの苦い笑いを含んでいた。
「もう大丈夫です。・・あの、土方さんは」
「副長は朝早くに、黒谷にお出かけになられました。それから、じき田坂先生がお見えになります」
「田坂さんが・・?」
「はい。副長のご命令で、監察の国分が往診をお願いに行きましたので、一緒にお連れする筈です」
「何処も悪くは無いのです。具合が悪かったのは昨夜だけの事で、もう隊務にも戻れます。・・・だから・・」
必死の相で訴える面輪は、物の輪郭を鈍くする、ぼんやりと薄い闇の中でも蒼さが際立つ。
だがその総司の唇が不意に動きを止め、凝視していた山崎から視線を逸らせると、雨戸の隙から漏れる光で、もう十分に明るい廊下へと移された。

「昨日は具合が悪くて、今朝はもう悪くないとは、便利な事だな」
「・・・田坂さん」
低めの鴨居を潜るようにし、幾分ぞんざいな挙措で足を踏み入れた長身の主の視線に捉われた途端、総司の瞳が激しい狼狽を露わにした。
「その格好、診察に来る為のものと聞けば、少しは誉めてやりたい処だが、いつ来るとも知れぬ気侭な患者を待つほど、生憎俺も悠長な人間じゃなくてね」
田坂の語り口は淡々としているが、言葉の核(さね)には隠しきれない苛立ちがある。
それは総司の変調を把握しきれなかった、主治医としての、自分自身に向けられたものだった。
「折角だが、もう一度其処に戻ってもらう」
だがその田坂の心中を知らずして、すいと伸ばした手で床を差しての、有無を云わせぬ強い調子に、総司の唇は先を紡ぐ言葉を失う。
そしてそれと同時に、控えめな音を立て開けられた雨戸から、遮られていた光が一気に室内に雪崩れ込むと、田坂や山崎の姿は元より、一切が朧気な影となってしまう陽の強さに、深い色の瞳が眩しげに細められた。
「国分」
その、暗から明へと一瞬にして時を変えた主を、山崎は何事も無かったかのように呼ぶ。
「ご苦労だった。もう戻れ」
「はい」
短く下された命に、幾分しゃがれた声で頷き、更に中に向かって低く頭を下げた隊士に、総司も慌てて会釈を返すと、国分と呼ばれた男は無骨な背を向けた。
「何かご用がありましたら、お呼び下さい」
 やがて山崎自身も、これ以上は診察の邪魔になると判じたか、静かに廊下に出ると、音も立てずに障子を閉じた。



「どうやら俺の云った事は、近藤さんや土方さんには伝わっていなかったらしいな。二人とも聞いてはいないと、昨夜はつれない返事だった」
細い手首をとり、打つ脈と身に籠もる熱を確かめながら問う声は厳しい。
「昨日帰ってきた時に、二人ともいなかったのです。・・・だから近藤先生や土方さんと顔を合わせる前に、あんな風になってしまって・・」
嘘を、嘘でくるむ負い目が、言い訳する声を容赦なく上ずらせる。
「本当なのです」
だがその必死も耳に届かぬように、田坂は眉ひとつ動かすでもなく、無言のまま診察する手を止めない。

――昨日。
診療所を訪れた総司に、復帰してからの、あまりに激しい疲労の蓄積を懸念した田坂は、今一度隊務を外れて療養する事を命じた。
それに頷きはしたものの、総司の気性からすれば、これも端から反故にされる約束になろうとは、大方の予測は出来た。
だからこそなるべく早く、近藤か土方に直に伝えるつもりだった。
だがその僅かな時の挟間をついて、総司の身体の方が先に限界を迎えてしまった事が、今田坂を暗澹たる思いに陥れていた。


「でも本当に昨夜だけの事で、もう何とも無い」
「何とも無いかどうかは、俺が決めることだ。暫くは大人しくしてもらう」
「田坂さんっ」
懇願にも似た訴えを、素気無くかわして返ったいらえに、総司の面輪がみるみる強張る。
「始めから、そう云う約束だ」
小さな薬箱の抽斗を開けて、何かを探りながら応える声は、気負う風も無かったが、しかし否と拒むことを許さぬ厳しさを孕み、総司にその先の抗いを封じる。
「君が京に留まると云う、無理難題の一端を担わされたからには、俺もそう簡単には譲れない」
だがその余韻も消えぬ内に、直ぐに続けられた言葉の調子は、何処か遣る瀬無い笑いを含み柔らかい。
「京に、いたいのだろう?」
土方の傍らに、・・とは敢えて云わない己の悋気に苦笑しつつ、更に重ねて問う田坂に、伏せられていた瞳が瞠られた。
「どうした?」
言葉を失くしたように、ただひたすら不思議そうに自分を凝視する総司の様に、引きしまった唇から、とうとう低い笑い声が漏れた。
「・・・田坂さんが、そんな事を云ってくれるなんて、思わなかったから」
「新撰組などやめてしまえと、どう反対した処で、その首、縦には振れないと知っているだけさ。が、君の師匠はそんな面倒な手順など踏まず、有無を云わせず江戸に帰すつもりらしいがな」
「・・近藤先生が」
田坂の、思いも掛けなかった言葉に驚き、暫し呆然と見上げていた総司だったが、今度は近藤の胸の裡を知るや、呟いた声が一瞬にして沈んだ。
「長州から帰って来るや、床に伏していた君を目の当たりにした、その時の衝撃が強かったらしい。最初の喀血は、池田屋の乱闘の時だと聞いたが、先日の其れはその比では無かった筈だ。だから回復にも時が掛かり、その事が余計に近藤さんの不安を煽ったのだろうな」
医師として、そして近藤勇と云う人間を知る者として、不意に総司を江戸へ帰すと云い出した近藤の胸中に去来するものを、可能な限り推し量り告げる田坂の声には、その希を叶えるべき立場でありながら、しかしそうする事の出来無い、苦い贖罪があった。
「尤もあの時は、この俺とて、流石に冷や汗をかかされたからな」
そんな己を揶揄するように語られる言葉に、総司の瞳が再び伏せられた。


――視界の内が、一瞬にして朱(あけ)の色一色に染まった、あの時。
苦しさの余り、闇の淵へと堕ちかけようとした刹那、それを強い力で引き上げてくれたのは、自分を呼ぶ土方の声だった。
土方が待っていると。
土方が自分を呼んでいると。
だからいらえを返さなければならないのだと。
自分は大丈夫だと。
必ず伝えなければならないのだと・・・
そう念じる心が、うっすらと瞼を開かせ、やがて瞳が捉えたのは、違(たが)いもなく、土方その人の姿だった。
だがその寸座、常に峻厳な人の双眸から零れ落ちたものが、自分の頬に当たり弾けた。
そしてその冷たい雫を拭おうと覚束なく伸ばした指を、更に深く覆うようにして、土方は握り締めた。
その時の、包み込まれた掌から伝わる血潮の熱さを、強さを、総司は現のものとして、己の手指に蘇らせる事が出来る。
土方の熱さも、強さも、そして温もりも、余すもの無く自分の裡だけに閉じ込めてしまいたいと願うのは、傲慢な事なのだろうか。
土方の全てを知っていたいと・・・
土方だけを追い、土方だけを求め欲する心は、堰を切った奔流のように、今総司の裡で激しく荒れ狂う。


「・・田坂さん」
上げられた面輪も問う声も硬いものだったが、田坂に向けた瞳には、もう躊躇いも逡巡も無かった。
「土方さんが護り袋の落とし主を探してくれた時、何か手掛かりがあったのだろうか」
「無いさ」
だがいらえは、呆気無さ過ぎる程簡単に返った。
「あの時。・・・土方さんが護り袋の持ち主を探しに行くと立ち上がった時、伊庭さんも俺も止めなかった。いや、止められなかった。それは多分、あの人がやらなければ、どちらかが同じ事をやっていたからだろう」
重い事実である筈を、殊更衒う風も無く淡々と語る田坂を、総司は身じろぎもせずに見つめる。
「護り袋の中には、薬師如来の古い札が入っていた。だかあの時の感情は、それに縋ろうとするものでも、頼ろうとするものでも無かった。縋るとか、頼るか・・・そうしたものよりも、もっと強い何かが、土方さんを突き動かしたのだろうな。これを持ち主に返せば、きっと君の息の緒は繋がれると、そんな強い思い、・・いやもっと激しい、・・そうだな、それは土方さんの信念だったのかもしれない」
土方の行動の裏に在ったものを語りながら、その実自分自身を語る口調は、遠くを見詰める眼差しと同じくして、切なくも柔らかい。
やがてその視線がゆっくりと深い色の瞳に戻された時、総司の唇が、震えを抑えるようにして動いた。
「・・土方さんの、信念・・」
「そう、あれは誰にも曲げられ無い、そして決して揺るが無い、あの人の信念だった。だから探すのに、手掛かりなどいらなかった。ただただ見つけるのだと、その己の強い思いだけで、土方さんは持ち主を探し当てた。・・・俺があの護り袋について知っているのはそれだけだ。持ち主の事、そして其処に辿りつくまでの経緯は、土方さんから直に聞く事だな。・・尤も、暫くはあの人も、君の無鉄砲が起こした顛末に不機嫌だろうが、それは自業自得と諦める他無いな」
恋敵の苛立ちを揶揄した田坂の手が、そうする事でこの話題を仕舞いにするかのように、小気味の良い音を立て、薬箱の抽斗を閉じた。

「今度は俺が良いと云うまで、大人しくしていてもらう」
云うなり立ち上がった長身を、総司もつられるようにして見上げたが、今度は医師としての厳しい視線に絡めとられるや、双つの瞳が狼狽に揺れた。
「薬は残さず飲めよ」
萎れた花のように面輪を伏せてしまったその様を見ても、重ねられる言葉には容赦が無い。
が、手を焼く患者へ、苦い笑いを置き土産にして障子を開けた田坂の視界に飛び込んできたのは、意外にも、廊下に控えていた山崎の姿だった。
「副長から、田坂先生のお話を聞いておくよう、命じられていますので」
怪訝な面持ちの医師の問いよりも早く、明快すぎるいらえの方が、先に言葉になった。
「あの人も、何処にいても気の休まらない事だな」
その呆れ様さえ既に承知の範疇だったのか、緩めた頬を隠すかのように頭を下げた山崎に、うんざりと漏れた声が物憂げだった。





 独り取り残された室は、白い障子を透かせて射し込む眩いばかりの陽光も、時折聞こえてくる鍛錬の声も、全てが遠く離れた異質な世界のもののように感じる。
だがそんな風に意固地に傾く自分が何より嫌で、総司は片肘を支えにすると、ゆっくり床の上に身を起こした。
が、その寸座、ちらりと障子に映った人の影に、細い面輪に硬さが走った。

「総司」
中で伏せている者への気遣いを、潜めた声に籠めた主は、やはり近藤だった。
それを知るや、腰まで掛けていた夜具を咄嗟に剥ぎ、立ち上がろうとした総司のその動きより一瞬早く、僅かに開けた障子の隙から、厳つい顔が覗いた。

「起きていたのか?」
柔らかな笑みを浮かべると、剛毅な面構えがたちまち人懐こいものになる。
その笑い顔のまま、身ひとつ分だけの隙から入り込むと、近藤は外気を遮断するように、手早く桟と桟を合わせた。
「すみません、もう何とも無いのです」
我が身の不甲斐なさを詫びながら、慌てて端座しようとした総司を、床の際に胡坐をかきながら、武骨な手が止めた。
「田坂さんを、これ以上煩わせるな。今度はしっかりと治るまで、俺が許さん」
「でもっ、本当なのです」
いつもとは違う、総司の執拗な食い下がり方に、流石に近藤も何かを察したらしく、硬い面持ちを捉えていた双眸から笑みが消えた。
「もしや・・、田坂さんから、何か聞いたのか?いや、歳からか?」
やがて胸に仕舞う、ひとつ事に思い当たり、それを問う声が重かった。

――総司を江戸に帰したいと、己の裡に確固としてある決意は、いずれ自らの口から告げねばならない事だったが、既に土方と田坂には語っている事を思えば、そのどちらかから当人に伝わっていても、何等不思議は無かった。
だとしたら、ここに足を踏み入れたその瞬間、触れれば硬質な音を立てて砕け散りそうな緊張感に、総司が身構えたのも合点がいった。

「そうなのだな?」
言葉にはせず瞳を伏せる事で、是といらえを返した愛弟子の心情を慮りながらも、近藤の太い声は、己の決意を、ともすれば押し流そうとする、情と云う手強い相手に自ら柵するかのように厳しい。
「ならば、回りくどい事は云わない。俺はお前を江戸に帰す」
「近藤先生っ」
悲鳴にも似た叫びと共に、弾かれたように上げられた面輪は蒼ざめ、驚愕に見開かれた瞳は、呆然と近藤を映す。
「俺はお前が愛しい。吹く風の盾になり、天道の陽の陰になり護ってやりたい、そう思ってきた筈だった。・・・だが今の今まで、俺の意気地の無さは、お前は常に傍らにいるのだと決め付け、胸の病に見て見ぬ振りを決めてきた。その天罰が、全てお前の身に降りかかっているとも知らず・・」
もしも苦渋と云うものを形にしたのならば、これこそがそれに相違無いと、聞く者に知らしめる、くぐもった低い声で、近藤の心の吐露は続く。
「江戸に帰れば、そして其処で親しい者達に囲まれて養生すれば、お前は良くなる。試衛館を護り、時には竹刀を担いで出稽古に行き、そうしてきっと又、健やかな日々を送る事が出来る。むざむざと、京でなど死なせはしない」
それは既に新撰組局長と云う立場を離れ、二度と戻らぬ覚悟で捨ててきた来し方を、今一度引き摺り出そうとしている、一己の人間としての切望だった。
だが何をかをもかなぐり捨て、あるがままにぶつけられた心の裡は、皮肉にも、忘我の淵にいた総司に、師と弟子だけであった無垢の時に遡らせ、近藤と向き合う強さを与えた。
近藤に、分かって欲しいのだと。
全てを曝け出し、分かって欲しいのだと――。
それは自分自身でも気付かぬ、師への甘えに相違なかったが、伏せていた瞳を上げると、総司は見詰める近藤の視線を真正面から捉えた。

「・・江戸へは、帰りません」
戦慄くように唇が震え、抗いの言葉を紡いだ途端、近藤の心を無碍にする己の不肖を呪い、身の内を無数の針が突き刺すような痛みが襲う。
「帰りません」
だがそれを振り切り、更に近藤の峻厳な双眸のその奥に、得も云えぬ哀切の色が宿るのを知っても、総司は魂魄を振り絞るようにして、切なる訴えを向ける。

――過去と云う器に閉じこめる事で、安堵を掌中にしようとする者と、いつか残される日を怯えながらも、先を行こうとする者。
その両者の狭間を、耀るい陽光に溶けるようにして、時が流れる。
だがその虚構の安寧さえも許さず、横に張った近藤の口が動いた。

「急にこんな話を云い出した俺を、お前はさぞかし恨んでいる事だろうな。が、何処まで行ってもお前の気持が変らぬように、俺の気持も変らん。・・俺はお前を江戸に帰す」
「近藤先生っ」
先ほどよりも静かな語り口は、その意志が、近藤の裡でより堅いものになったと知らしめる証でもあった。
「もう何も云うな、・・俺も、聞かん」
そうして目を閉じ首を振り、全てを排する事で、弱気に流れる己を封じると、近藤は徐に立ち上がった。
が、胸の裡に重く圧し掛かる煩悶に引きずられ、一瞬後ろへと視線を動かしかけたが、瞬きもせずに見上げている深い色の瞳に捉わるや、それを振り切るように、厳つい背を向けた。
そして総司は、その姿が、合わせた桟の向こうに消え、気配の欠片も無くなるまで――。
しかと現を刻み込むように、息をも詰め、膝に置いた両の拳を強く握り締めていた。





 近藤が室を出ていった後、どれ程そうしていたのか・・・
身じろぎもせずに床の上に端坐していた総司の瞳が、茜色に染まり始めた障子へと、不意に向けられた。

「・・沖田先生」
やがて足音すら殺すようにしてやって来た主は、障子に影だけを見せて膝をついた。
だが一度しか聞いたことの無いその声が、誰のものであるのかを、総司の聴覚は辛うじて記憶していた。
「入ってください」
「いえ、直ぐに終わりますので」
いらえは遠慮がちに返ったが、やはり中に入って来る気までは無いらしく、国分太一郎は廊下に控えたまま動かない。
それが臥せている自分への配慮なのだと気付いた総司が、慌てて障子を開けると、国分は初めて狭い隙の向こうから顔を上げた。

「お休み中の処を、申し訳ありません」
「構いません」
「時がありませんので、手早く申し上げます」
「何でしょうか?」
「実は不逞浪士の動きを探る内に、きゃつ等が大きな計画を企てているらしい事が分かりました。しかし確かな証が、今ひとつの処で掴めません。ところがその鍵を握っている者が現れたのです。名は参次。本人の云うには、沖田先生は自分の顔を知っていると云うのです。そして沖田先生に会わせなければ、確かな情報は教えられないと・・・」
誰かに聞かれる事を恐れるように、低く語る国分の声は硬い。
「・・・参次」
だがその一瞬、呆然と漏れた呟きに、それまで強張りを解けなかった国分が、一縷の光を垣間見たかのように、咄嗟に総司を仰ぎ見た。
「ご存知でしたかっ?」
急(せ)いて問う口調に、頷く面輪は蒼い。
「・・国分さん、参次さんは、何処で私と会うと云っているのでしょうか?」
自分を呼びに来た国分の焦燥ぶりから、参次が待っている場所は、此処からそう遠く無いと総司は判じた。
「西本願寺の、北側裏手の雑木林です」
「其処に、今参次さんはいるのですね?」
大きな情報を手に出きるか否かを賭けた大事に、しかと顎を引いて応える国分の表情に緊張が走る。
「直ぐに行きます」
踵を返した途端、ゆらりと傾いだ身を、国分に分からぬよう俊敏な動きで隠すと、総司は違い棚にある護り袋へと向かった。








きりリクの部屋   煙雨U(六)