・・・・さてとふと見れば立派なる黒き門の家あり。訝しけれど門の中に入りて見るに、大きなる庭にて紅白の花一面に咲き鶏多く遊べり。其庭を裏の方へ廻れば牛小屋ありて牛多く居り、馬舎ありて馬多く居れども、一向に人は居らず。・・・・奥の座敷には火鉢ありて鉄瓶の湯のたぎれるを見たり。・・・・・遠野には山中の不思議なる家をマヨヒガと云ふ。マヨヒガに行き当たる者は、必ず其家の内の什器家畜何にてもあれ持ち出でて来べきものなり。其人に授けんが為にかゝる家をば見する也。
(柳田国男 遠野物語 六拾参・六拾四『マヨヒガ』より) |