かどわかし (五) 「あたしは、ずっと藤五郎さんが好きだった。・・まだ端役も貰えない、そんな頃から、あの人が好きで好きでたまらなかった。でもうちはおとっつぁんが死んでからは商いも大変で、大店の娘さん達のように、毎日芝居を見に行ったり、贔屓の役者さんを茶屋に呼び出してお金を使ったり・・、そんな贅沢なぞできやしなかった。だから藤五郎さんに出世して欲しいと云う願いと、そうなってしまったら、あたしなんかの手の届かない処に行ってしまうと云う不安が膨らんで、いつもちぐはぐな思いの中にいたの・・」 そのおきみの心を映し出すかのように、灯火の作る仄かな陰影が、隙間風に揺らいだ。 「あの日、森田座の裏手から助太夫さんと出てゆく藤五郎さんを見かけたのは、偶然だった。でも二人を見た時、あたしは慌てて後を追ったの。・・・湯屋のお客さんの噂話で、森田座の今度の出し物で、藤五郎さんが先輩の助太夫さんを追い越して良い役を貰ったって聞いたすぐ後だったから。助太夫さんは気性の荒い人だし、その時の藤五郎さんの顔がひどく硬かったから心配になったの」 語り継ぐ声を一言も聞き逃すまいと、おきみを見上げる宗次郎の瞳は瞬きひとつしない。 「そして、あたしは芒の陰に隠れて見ていたの。いきなり大声を上げた助太夫さんが匕首を取り出すや、藤五郎さんに飛び掛って・・、このままじゃ藤五郎さんが殺されてしまうっと、思わず飛び出そうとした時、・・・倒れたのは助太夫さんだった。のた打ち回る助太夫さんを、藤五郎さんは呆然と見下ろしていたわ。でもその姿を見た時、あたしの心は鬼になったの。これで藤五郎さんを、あたしだけのものにできる、そう思ったの。けれど其処に宗次郎ちゃん、あんたが現れて・・。気付いた時には、咄嗟に木の枝を掴んでいた・・」 見開かれた瞳に、おきみは微かに笑いかけた。 だがその大方が、揺れた焔のせいで、すぐに闇に沈んだ。 「・・それから、まだ正気に戻れずにいた藤五郎さんに、気を失っている宗次郎ちゃんを連れて、近くに繋いであった舟に隠れているように云って・・。宗次郎ちゃんを背負ったあの人の姿が見えなくなると、あたしは持っていた手拭で助太夫さんの首を絞めたの。過ちとは云え、人に傷を負わせたと分かったら、藤五郎さんはもう役者としてはやって行けないもの。ううん、捕まれば島流し、死罪が待っている。だから助太夫さんには死んで貰わなくちゃならなかった・・」 零れた息と共に語りが途切れた刹那、額に触れている指に、一瞬強張りが走ったのを、宗次郎は判じた。 それは、こうしてひとつひとつ真実を言葉にする事で、己の罪を、己自身で裁いているおきみの心の震えのように、宗次郎には思えた。 「手拭は、うちの風呂に藤五郎さんが来た時に忘れて行ったものだった。それをずっと肌身離さず持っていたの。・・そうすると、いつも藤五郎さんが一緒に居てくれるような、そんな気がしたの。莫迦みたいな話でしょう?」 動きを止めていた指が、今一度、柔らかに宗次郎の前髪をかき分けた。 そして少しの沈黙のあと、結ばれていた唇が、再び開いた。 「神さまは意地悪ね。・・男の子の宗次郎ちゃんと、女のあたしの器量を間違えてしまうなんて。・・あたしが、人に振り返られるような綺麗な娘だったら、他に違う道もあったのかもしれない。こんな事になる前に、あの人を護ってあげられたのかもしれない。でもあたしには、きっとこれしか道が無かったんだわ」 そうする事で、裡を揺るがす思いの起伏を鎮めるかのように、淡々と語っていた声が、言葉の仕舞いに来て不意に震えたのに気付いた宗次郎の瞳が、訝しげな色を湛えおきみを捉えた。 「助太夫さんにのぼせ上がっていた不器量な娘が、遊ばれたと知って逆上し、助太夫さんを殺してしまう。ところがその場を宗次郎ちゃんに見られてしまったあたしは、咄嗟に宗次郎ちゃんをも傷つけてかどわかしてしまうの。次の朝、助太夫さんの亡骸が見つかった時、自分の手拭が首を絞めていたと知った藤五郎さんは、疑われるに違いないと絶望して江戸を逃れてしまう。同じ頃、成り行きでかどわかしたものの、遂には隠し切れ無いと観念したあたしは、疲れ果て、動転した頭のまま宗次郎ちゃんをも殺してしまう。・・人二人を殺(あや)めて、自分の罪に慄いたあたしは、助太夫さん殺しを白状した文を残して自害する。・・・そうして全てが終わり、この事件が噂にも上らなくなった頃、藤五郎さんが帰って来るの。この町の人達は、あの人の事を、きっと優しい目で迎えてくれるわ。だって全てはあたしのやった事で、藤五郎さんには何の落ち度も無い事だったんですもの。・・・下手な筋書きかもしれない・・、けれど本当にそうなるのだから、皆信じざるを得ないのよ・・」 でもね、と、小さな呟きが漏れた刹那、おきみを見詰めていた宗次郎の瞳に、戦慄の色が走った。 「宗次郎ちゃんが生きていたら、この芝居の幕は下りないの。・・だから、・・・」 蝋燭の焔がおきみの方頬に濃い翳りを作り、伸びてきた指が、闇に浮かび上がる宗次郎の白い喉元にあてがわれた。 「・・・昼間、あたしのことが可哀想だと、藤五郎さんを責めてくれて、ありがとう。・・ずっと下で聞いていたの。でもあたしは、ちっとも可哀想じゃないのよ・・。こうしてあの人を護れたんですもの・・、だから、・・・宗次郎ちゃん、ごめんね、・・ごめんね・・」 きつく目を瞑っても、まだ溢れる涙が、宗次郎の頬に、ぽつりと大きな雫を落す。 躊躇いが勝るのか、喉に喰い込む指に一気に力は掛からない。 その苦しさから逃れるように、必死に首を振り抗う宗次郎の脳裡に、ひとりの人の影が映る。 土方と――。 声を大きくして叫んでも、その影は応えてはくれない。 土方と、土方と――。 戒められた手足と奪われた声の代わりに、身を捩り、宗次郎は叫び続ける。 だが。 意識すら遠のきつつあった絶望の時は、あまりに唐突に仕舞いを告げた。 喰い込む指が離れた、そう思った寸座、喉を絞められていた苦しさと、口元を塞がれていた苦しさの両方から、一度に開放された。 圧され続け狭まってしまった気の道は、少しの息を通すだけが精一杯で、笛を吹くような細い音を鳴らし、宗次郎の額に冷たい汗を滲ませる。 「大丈夫かいっ?」 丸めた背を擦りながら掛けられた声に励まされ、漸く正気が戻ると、宗次郎は声の主を探し、視線を彷徨わせた。 やがてようよう向けた瞳が、足首を戒めていた縄をほどこうとしている藤五郎と、そしてその後ろで、呆然とそれを見ているおきみの姿を捉えた時、呪縛が解かれたように、そのおきみの唇が戦慄いた。 「・・・どうして・・」 問いかけた言葉は、応えが戻るのを恐れるように、震えて途切れた。 「一緒に、逃げてくれるんだろう?」 「何を云っているのっ、あたしの事なんか放っておいてっ、早く、早く逃げなくちゃっ」 「大川橋では遠すぎるよ、だから木戸を抜けた処で、あんたを待っていたんだ。けど、あんたは、ちっとも出てこない。だから迎えに来た」 悲鳴のように叫んだおきみに、藤五郎は小さく笑った。 それは宗次郎が初めて見る、全ての枷から解き放たれたような、柔らかな笑い顔だった。 「そんな事、できる訳が無いじゃないっ、あたしが助太夫さんを殺したのよっ、あたしは藤五郎さんに罪を被せようとした女なのよっ」 「下で、聞いていたよ」 「・・じゃぁ・・なぜ・・」 呟いた声が、掠れた。 「助太夫さんを殺したのが誰だって、私にはどうでも良い事なんだ。私があの人を刺した事には変わりはしない」 「どうでも良い事じゃないわっ、藤五郎さんは綺麗なままで、帰ってくるのよっ」 「其れは、無理だよ」 口元を覆っていた手拭で、宗次郎の汗を拭ってやりながら、藤五郎は静かな口調でおきみを宥める。 「無理なんかじゃないわっ」 「無理だよ。だって私はもう、人を恋しいと想う心を知ってしまった」 「・・恋しい・・?」 「おきみさんが恋しいと、傍らにいて欲しいと、そう駄々を捏ねる自分を知ってしまった。もう止められない、駄々だよ」 「・・同情なんて、真っ平よ」 想う相手を、己の身を挺して逃そうとする一途は、辛うじておきみの心を建て直し、ともすれば恋情に流されかける己を強く封じ込めた。 恋しくて、恋しくてたまらぬ人を救うがゆえに鬼になった自分に、人の心は要らなかった。 だが藤五郎を勝気に睨んだ眸は、その思いに抗うように、すぐに泪で滲む。 「十になった夏の終わり、私は、二親の亡骸を前に、おとっつぁん、おっかさんと、呼びかけ続けていた。けれど幾ら呼んでも、ふたりとも応えてくれない。・・仕舞いには声も枯れ、疲れ果てて、ようやく顔を上げた時、川原を茜色に染めながら天道が落ちるところだった。 ・・その天道と一緒に、私の心は暗闇に落ちたまま、出口を見つけられずに凍えていたのかもしれない。役者になって、ようやく人気も出て、さぁこれからだと云うのに、私の中には、いつもどこか一点、寒々としたものがあった。そう云う自分が嫌いで目を瞑ろうとしても、そいつは不意に現れ、寂しいと寂しいと泣くんだ。とんだ、甘ったれだよ。けれどそれが、本当の私だった。その正直な私が、あんたが恋しいと、駄々をこねるんだ」 「うそつき・・」 気丈に云い放った声が、くぐもた。 「同情だと、嘘だと、おきみさんが思うのならそれでいい。だがそうならば、この藤五郎の芝居に、最後まで騙されてはくれないか?」 「・・あたしは、鬼よ」 宗次郎の瞳の中で、皮肉に笑おうとしたおきみの顔が、くしゃりと歪んだ。 「惚れた鬼と道行きなんざ、役者冥利につきるね」 互いに引かぬ二人を、宗次郎は息を詰めて凝視している。 ――藤五郎とおきみを止めなくてはならない。 二人が行くと決めた先は、もうこの世には無いのだと、それだけは、宗次郎にもはっきりと分かった。 だからどんな言葉でもいい、今は二人を止めなくてはならないと、その焦りだけが乾いた唇を動かした。 「・・行ったら・・だめだっ・・・、まだ・・まだ、大丈夫だから・・、だからっ・・・」 声は喉に絡み、思うように言葉に出来ない。 苛立ちが、宗次郎の全身を震わせる。 「決めた事なの・・」 だがおきみは、その言葉の核にある心を読み取ったように、濡れた眸で宗次郎を見詰めた。 それに、宗次郎は首を振り、立てた肘を支えに身を起こそうとしたが、長い事縛られ、その上熱が力を削ぎ取った身体は、情けない程に頼りなく、すぐに崩れ落ちてしまう。 それでも宗次郎は己を励まし、二人を見上げた。 「・・悪いのは、最初に襲いかかった助太夫さんで、胸を刺したのも、転んだ拍子に助太夫さんが自分で刺したのです・・だからあれは、事故だったのです。・・首を絞めてしまったのも、気が動転していたからで、その時には、助太夫さんの息はもう無かった。・・そう、私が云います。そうしたら、きっと死罪だけは免れる。・・だから、だからっ・・・」 藤五郎の手を掴み、縋り、必死に説く宗次郎に、返るいらえは無い。 だが宗次郎は、言葉の途切れるその時が、藤五郎とおきみとの別れの時であるかのように、声を振り絞る。 「生きていなくては、駄目なんだっ、そうすれば、きっと・・」 ある丈の力を声にした刹那、まるで次の言葉を遮るように、宗次郎の視界が一瞬暗く覆われた。 そして次の瞬間、頬に濡れた何かが押し付けられた。 人肌の温もりを持った其れが、おきみの頬なのだと気付くに時は要らなかった。 おきみが、自分の頬に、頬を重ねて泣いているのだと・・・ 「・・・ごめんね」 そう思う間もなく、耳元で囁くような声が聞こえ、そしてそれはすぐに、忍ぶような嗚咽に変わった。 少しの間、おきみは宗次郎の面輪をいだくようにして啜り泣いていたが、やがて静かに頬を離すと、藤五郎と共に、呆然と見上げている宗次郎へ深く頭(こうべ)を垂れた。 「・・駄目だっ・・」 梯子を、おきみを先に使わせ、そして次に自分が下りかけた時、今一度頭を下げた藤五郎に、腕の力だけでにじり寄るように身を這わせながら、宗次郎は声を震わせる。 「行ったら、駄目だっ・・」 ――喉を嗄らして上げた叫びが、遠くで沸いた湯屋からの笑い声の中へ、呑み込まれるように掻き消された。 湯屋の玉白屋は、町木戸からそう遠くない処にあり、時は既に四ツを回ろうとしていたが、芝居の片づけを終えた裏方の者達や、茶屋で働く者達で、結構な賑わいを見せていた。 二階から、竹の先に「ゆ」と一文字書いた布を吊り下げている建物の、男湯の方の暖簾を潜るや岡っ引きの助左は、番台に座る番頭の宇吉にだけ分かるよう、ちらりと十手に手を掛けた。 それだけで、自分の来訪の目的が、お上に関わる事であると知らせるには十分だった。 ただですら好奇な目を向ける客の、余計な興を煽りたくはなかった。 やがて番台を女将のおまさに任せ、助左に耳打ちされたとおり外に出て来た宇吉の目が、漏れる灯から身を隠すようにして立つ一塊の人影を捉えた。 それを見た顔に、俄かに緊張の色が走ったが、その中の一人が馴染みの松吉だと分かると、硬く閉じた口から微かな安堵の息が漏れた。 「おきみは、いるかい?」 「奥にいらっしゃる筈ですが・・、呼んできましょうか?」 「いや、後でいい。それよりも、最近おきみの様子に変わった処はねぇか?」 「変わったところ?・・あの、親分さん、お嬢さんが何か・・」 其処まで聞けば、宇吉とて、ただ事では無いと察しがつく。 四十を越えたか、頬骨の高い実直そうな顔が、不安げに目を瞬いた。 「まだ決まっちゃいねぇが、藤五郎にたぶらかされて、奴をかくまっているかもしれねぇ」 「藤五郎さんにっ・・」 助左の言葉は正確では無い。 だが今はおきみに情を持つ云い方をした方が、何も知らないこの家の者達に動揺を与えないだろうと、それが助左の配慮だった。 「どんな状況にせよ、人を殺めた人間を匿ったもんは、死罪と決まっている。だが其れが脅かされてなら、お上にも云い開きが出来る。・・どんなちっぽけな事でもいい、ここ二、三日、おきみに変わった事はねぇか、思い出してくれ」 始め宇吉は驚きに顔を青くし声を失くしていたが、直ぐに玉白屋の屋台骨を預かる番頭らしく気丈に頷くと、考え込むように、闇の澱(おり)を敷く地面を睨んだ。 が、そう時を経ずして顔を上げると、男達へ視線を巡らせた。 「・・そう云えば、風呂焚きの爺さん・・、正平といいますが、その正平が、変な事を云っていました」 「変な事?」 焦れて苛立つように一歩前に踏み出しかけた土方を片腕で止め、助左は、相手の組し易い、年季の入った調子で先を導く。 「お嬢さんが、幾度か声を掛けてくれたと・・」 「そんな事ぁ、てぇした事じゃねぇだろう」 「いえ、それが然したる用事も無いのにわざわざ風呂焚き場へ回って、今日はいつもより暑いだの、夏場はたまらないだろうなど、・・そんな他愛も無い話をして、ちょっと薪をくべている内には、もういなくなっていたと・・」 「いない・・?、そいつは、母屋に帰(け)えったと云う事か?」 「いえ、母屋に戻るのなら、後姿が見えます。でも正平の話では、まるで消えたようだったと云うんです。その時は、耳だけじゃ無くて目までも耄碌(もうろく)しちまったのかいと笑ったんですが・・」 「その辺りに、姿を隠せる場所はあるのか?」 「焚き場の裏に、薪を置いてある小屋があります。ですがあそこは・・」 「薪小屋だなっ」 突然起こった尖り声に、宇吉が驚いて八郎を見上げた。 が、息を呑んだ宇吉が頷くより早く、その身は、地を蹴った土方に続き駆け出していた。 後に、松吉と助左が続く。 取り残され、暫し呆然と立ち尽くしていた宇吉だったが、男達との間が開いて行く様に、ようやく我を戻すや、慌ててその背を追い始めた。 もう幾度、人を呼ぶ声を上げたか分からない。 だが熱で乾ききってしまった喉は、宗次郎から声と云うものを奪い去り、ようよう振り絞ったそれは、ただのしゃがれた音でしかなく、湯屋の二階から上がる客達の高笑いに、たちまち掻き消される。 囚われてから此方、具合の悪さに加え、小屋に籠もる暑さで、食べるものも口に出来ずにいた衰弱は、長いこと手足を縛られてた疲労と相俟って、立ち上がる力すら残していない。 だが宗次郎は、助けを求める事が不可能だと知るや、今度は伏せた姿勢のまま、階下に掛かる梯子へ向かい、身を這わせ始めた。 左右の二の腕を交互に前に出し、じりじりと身体を前に進めるたび、額から玉のような汗が滲み、頬を滑り顎を伝い、床へ滴り落ちる。 だが一刻も早く、土方に知らせねばならなかった。 役人の手が廻る前に、二人を止めなくてはならなかった。 藤五郎とおきみの事を――。 「・・駄目だ・・死んだら、駄目なんだ・・」 苦しい息の下から、途切れ途切れの呟きが漏れた時、不意に、一層深い闇が現れた。 そして其処から飛び出ている木の端が、梯子の先だと判ずるや、宗次郎は渾身の力で一気に前に迫り出した。 そうして震える手で梯子の端を掴もうとした寸座、それは横に滑り、その反動で、前かがみになっていた身が階下へ向け傾いた。 ――落ちると。 強く目を瞑った瞬間、遠くで誰かの叫ぶ声がした。 そして叩きつけられる筈の身は、宙に浮かされるような不安定な形で何かに沈んだ。 宗次郎っ、と、誰よりも聞きたかった声が、耳元で呼ぶ。 それに導かれるように、薄っすらと開けた瞳に、土方の険しい顔が映った。 いだかれているのは、土方の腕(かいな)の中なのだと。 そう思った瞬間、靄が立ち込めているように鈍かった視界が、今度こそ、ふつりと闇に覆われた。 |