露となりしも 番外
ようように、荒い息を整えながらも、まだ瞼を開けることはできない。
ぐったりと横たわる肌が微かに上気し、しっとりと汗ばんでいる。
触れればその体温の妙が、酷く艶(なまめ)かしい。
上体だけを伏せて、まだ乱された余韻から抜け切れない総司に、
覆い被さるようにしてその肩を抱いた。
なされるままに瞳を閉じ、土方の重みを感じて総司は身じろぎしない。
ひとつ肌のように隙なく合わせられた互いの体には、
響く胸の鼓動すら同じものに思える。
暫らくそうして互いの温もりを感じていたが、
ふいに土方の指が伏せた総司の項(うなじ)を沿うように滑った。
「あっ・・」
触れただけの微かな刺激ですら、敏感になっている体には辛い。
思わず声にしてしまった自分を、総司は恥じた。
「声を、堪(こら)えるな」
後ろから耳朶を甘噛みされて、総司は微かに首を振った。
それが決して嫌だという意思の表れでないことは、
漏れる息の切なさが如実に物語る。
そのまま下に流れる指先を追うように、唇が更に背筋を這う。
まだ清めることも許されてない、
己を開放したばかりのそのあとに指が触れられた時、
思わず身を捩って逃れようとした。
「いやです・・」
力ない抵抗は、しかし土方の腕の中であえなく消えた。
触れられれば再び欲望の証に変わってゆく、
この体の浅ましさが呪わしい。
背後でその人の姿が見えぬまま、ただ翻弄されるのは嫌だった。
「・・・いやです・・」
もう一度言葉にしたそれは、すすり泣くような声だった。
だがそれが今自分を支配する男の、
牡の性(さが)を目覚めさせるということを、
まだ性に経験の浅い総司には分からない。
足掻けば、更に土方は強くその体を捉える。
「・・・土方さん・・」
懇願するように、頭(かぶり)を振った時、
ふいに抱きすくめられた体がふわりと浮いた。
気が付いた時には土方の双眸が見下ろしていた。
いっときの安堵の息を漏らすはずの唇は、
その僅かな隙すら与えられず、すぐに上から塞がれた。
土方の背に回そうとした両の腕の手首が、
そのまま一つに纏められ、頭の上で褥に縫い付けられた。
思わず見開いた瞳が、まだ己の唇を蹂躙している男の激しさに怯えた。
こんな強引な土方は初めてだった。
「・・・いやです」
必死に首を振り、僅かに逸れた間から漏れた言葉に、
今度は真実の色があった。
その声に漸く土方が唇を離した。
体はまだ組み伏せられたまま、
見つめてくる土方の眸に映る自分の顔が、酷く強張っている。
「髪から花の匂いがする・・・」
それがどういうことなのか分からずに無言でいると、
その沈黙を咎めるように、土方の唇が下に滑って白い胸の彩りを吸った。
瞬間、体の芯が焦がれそうな激しい疼きに突き上げられ、
その波に呑まれまいときつく唇を噛み締め、目を瞑った。
そんな己の意思をあざ笑うかのように、体の中心は熱を持って形づく。
その密やかな兆しを、土方の指は容赦無く攻め立てる。
こんな事は嫌だと告げる言葉は真実だ。
だが体はあからさまに嘘だと告げている。
羞恥に、目が眩む。
もう・・・、二度と瞳を開けられないと思った。
「・・・まだ、田坂の匂いがする」
ふいに、耳のすぐ近くで土方の低い声が聞こえた。
だが間断なく総司を戒める指は、その動きを止めない。
「声を聞きたい・・総司。・・俺だけに、聞かせてほしい」
その声に誘われて、ひとつ声を漏らせばそのまま快楽の淵に堕ちるだろう。
それを際で堪える固く閉じた目の端から露が伝わる。
それでも瞳を開いて土方を映さないのは、最後の抵抗の砦だった。
「総司・・・」
耳朶に熱い息と共に囁かれれば、その抗いすらすでに形無い。
うっすらと開いた瞳が滲んで揺れていた。
いつの間にか拘束を解かれていた手の片方で、
褥の端をきつく握り締めていることも気付いてはいない。
荒い息を吐くたびに下肢に篭る力は、
総司自身の心と体のせめぎあいだった。
昇り詰めてしまいたい体と、それを許さない心と、
乱れ堕ちてしまいたい心と、それを邪魔する体と・・・
どちらが本当の自分なのか、もう分からない。
ゆるゆると、土方は総司を追い詰める。
微かに腰を浮かせて背を弓なりに仰け反るようにして、
総司は昂ぶりゆく己を必死に律する。
だが土方の手は、総司の欲望の解放をまだ許そうとはしない。
「・・・も・・う、・・」
「・・・もう、どうしたい・・総司」
切なく途切れる声を聞けば、土方自身も辛い。
それでもこの愛しい者に、
自分を求めさせる声を紡がせたい思いがそれに勝つ。
すでに閉じることすら忘れて大きく開かれた瞳から、
ただ流れ落ちるものを止められない。
「・・・総司、どうされたい」
震える程に力を込めて褥を掴んでいた総司の手が、
拒まれるのを怯えるように土方の背に回された。
その腕で縋りつくようにして、土方の唇を求めた。
総司の唇が土方のそれを捉える瞬間、
何かを告げようと微かに動いた。
それが外気に響いて声にも言葉にもならぬうちに、唇は塞がれた。
土方の唇が離れ、
総司の下肢が宙に舞い、
閉じた瞳の内が、最後の戒めを待って露に溢れた。
土方の熱い滾(たぎ)りが、堕ちることを望んだ総司を貪欲に貫いた。
一瞬ののち耳に届いた、すべてを迸らせるような声は、
細く、高く、悲鳴にも似た甘い叫びだった。