かくれんぼの恋シリーズ番外編

「両手いっぱい花いっぱい・前編」

葉月雛 さま





 男なら、誰でも若さゆえの過ちというものがあるだろう。
 だが、そんなもの時が過ぎてしまえば、
「そんなこともあったあった、俺も若かったよなぁ。ははははは」
 とかなんとか笑って済ませられるはず。それが数年後、ドカーンッと跳ね返ってくるなど、ごくごく稀な事だ。
 だが、しかし!
 ここに、その跳ね返りをモロにざぶーんと受けてしまった不幸な男が一人。
 いやはや、自業自得というべきか何なのか。

「神さま仏さま! 数年後、こんな可愛い恋人と逢えるとわかってたら、絶対絶対あんなに遊んだりしませんでした! だから、どうかあの過去はキレイすっぱり帳消しにして下さい!」

 なーんて、都合のいい事を必死に祈り願っても、それこそ無駄なあがきってもの。



 ──と、まぁ。
 今回はこういうお話でして………。









「……オレは知りませんからね」
 いっそ小気味いいぐらい、きっぱりと斉藤は断言した。
 警視庁食堂の一角。
 両腕を組んで椅子の背にふんぞり返り、冷たく云ってのけた斉藤の前で、先ほどから、土方は何度も何度も深いため息をついていた。
「……」
 苛だちながらかき上げたため、艶やかな黒髪は僅かに乱れてしまっている。その黒い瞳は伏せられ、形のよい唇はきつく引き結ばれていた。
 しなやかな指を組みあわせ、額に押しあてている。
 端正な顔だちにうかべられた憂いの表情は、女心を惹きつけること間違いなしだったが、今はそれが逆に大問題だった。
「所謂、年貢のおさめ時って奴じゃないですか〜?」
 そう云った斉藤に、土方はきつい視線をむけた。
「何が年貢のおさめ時だよ」
「だから、女遊びのです。だいたい、総司とつきあい出した時に、キレイさっぱり清算しておかなかった土方さんが悪い」
「清算しておいたさ!」
「じゃあ、どうして今現在、こーんな状態になってるんです」
「……」
 とたん黙り込んでしまった往生際の悪い男に、斉藤はため息をついた。
 それに、傍らから永倉がにやにやと話しかけた。
「君菊と小楽だっけ? 別嬪の芸妓なんだろうなぁ。いいじゃん、両手に花で」
「……俺は、総司という花だけで手いっぱいだ」
「またノロケまくって〜。じゃあさ、いっそ、その芸妓たちの前でそう断言すれば?」
「できる訳がねぇだろうが。どれだけの騒ぎになると思ってるんだ」
 土方はうんざりしたような表情で答えた。
 そもそも事の発端は、午前中にかかってきた電話にあった。
 電話の主は、土方の姉である信子。
 さんざん世話になったこの勝ち気で美人な姉には、彼も頭が上がらない。
『歳、元気に頑張ってる〜♪』
 妙にうきうきした口調に眉を顰めつつ、土方は答えた。
「あぁ、何とか」
『ふふっ、良かったわねぇ。総ちゃんとも仲良くしてる?』
「あぁ、何とか」
『……あんた、それしか云うことないの!? まったくもうっ』
「姉さん、悪いが仕事中なんだ」
 電話を切ろうとした彼に全く構うことなく、信子はさっさと話を進めた。
『ま、いいわ。それより……ねぇ? あんた、よーく女遊びしてたわよね』
「は? 俺が? そんな事する訳ねぇだろ」
『SATだっけ? あそこにいた頃、さんざん遊び回ってたじゃない。一度なんか京都で芸妓たちとさんざん遊びまくって、ものすごい金額の請求書こっちに送りつけてきたわよね』
「……そうだったかな」
『もっちろん、あんたの預金からしっかり支払わせて貰ったから、それはいいとして。でも、あの時のこと、あんた覚えてる?』
「さぁ……あまり覚えてねぇな。斉藤が一緒にいた事は覚えてるが、それ以外は……」
 土方はそう答えながら、手元の書類をめくった。
 今日は事件が起きてなかったため、デスクワークの一日だった。もっとも、午後から非番の予定なので、さっさと片付けてしまいたい。
 そのため、信子の話もほとんど右から左へ聞き流していたのだ。
 その時までは。
『ふうん。じゃあね、あんた、この名前に覚えがある?』
「え?」
『君菊と小楽』
「…………」
 バサッと土方の手から書類が落ちた。
 しばらく沈黙していたが、やがて、恐る恐る聞き返した。
「……姉さん、今なんて……」
『だから、君菊と小楽よ。そういう名前の芸妓だと聞いたけど、でね、その二人が今何かお仕事で東京に来てるんですって。歳にもぜひぜひ逢いたいって云うから、ちゃーんと官舎の住所を教えてあげちゃった♪』
「教えてあげたって……嘘だろ! 姉さん、何を考えて……っ」
『ねーえ? 歳』
 突然、信子の声が凄味をおびた。
『あんた、芸妓相手に一生面倒見てやるとか、結婚していいとか云ったそうねぇぇぇ』
「……」
 覚えのある台詞に、思わず絶句してしまった。が、すぐハッと我に返り、土方は慌てて取り繕った。
「あ、あれは……酒の勢いで……」
『ふーん、酒の勢いねぇ。かりにも土方家の跡取りで、この佐藤グループ会長夫人信子の弟であるあんたが、そういう事を酒の席で軽々しく口にしていいと思ってる訳?』
「姉さん、それは悪かった。俺が莫迦だった。けど、それとこれは別問題だろう。官舎はまずいんだ、官舎は! あそこには──」
『総ちゃんがいるわよね。あんたの大事な大事な可愛い恋人、総ちゃんが』
「わかってるなら……!」
『でも、だーめ。これはあんたが蒔いた種よ。さっさと自分で刈り取って、ついでに総ちゃんにギュウギュウお灸をすえてもらうのね』
「お灸って……」
『あ、その二人、今日の午後そっちに行くと云ってたわよ。じゃあね』
「姉さん! 姉さん、ちょっ……」
 慌てて叫んだが、無情にも電話は切られていた。口調から察するに、実は、彼の姉は深く深く怒っていたらしい。
 軽はずみな事をした弟に、自分にかわって総司に灸をすえてもらうつもりなのだろうが、とんでもない話なのだ。何しろ、今、土方と総司は、いわゆる家庭内別居状態なのだから。
 三日前、昔の彼女──というより、とっくの昔に縁を切ったはずのセフレから何の気まぐれか「お誘いメール」が来て、それを偶然見てしまった総司がぶちっと切れてしまったのだ。
 どれだけ言い訳しようが何を謝ろうが、口も聞いてくれない状態が三日前。
 ようやく口は聞いてくれたが、指一本ふれることも許しませんと断言されたのが二日前。
 そして、今日、もっとたくさん謝ってご機嫌をとって、拗ねてる総司と何とか仲良くしようと目論んでいたのに──
「……ったく、どうすりゃいいんだよ」
 また深いため息をついた土方を、斉藤が鳶色の瞳で見やった。
 しばらく黙って悩める男を眺めていたが、何を思ったのか、不意ににんまり笑った。
 頬杖をつくと、ゆっくりとした口調で口火を切った。
「どうすればいいって、方法は二つでしょう」
 顔をあげた土方に、指を二本たててみせた。
「二つ……」
「まず一つは、ぜーんぶ総司に正直に話して謝り、二人にもあれは酒の勢いだったと云うか。もう一つは、総司にばれないよう、二人を説得して納得の上穏便に帰ってもらうか」
「……今、総司にばれたら、絶対に家出される」
「じゃあ、二つめですか。でも、これは土方さん自身では無理ですよねぇ。あなたは総司にばれないようガードしなきゃいけないし、あなた自身が出ていったら余計に拗れるでしょうし……」
 そう淡々とした声音で云ってから、斉藤はまた黙り込んだ。
 しばらく無言のまま、入れたての珈琲を飲んでいる。
 その昔からの悪友の姿を、土方は切れの長い目でじっと見つめた。やがて、静かに身を起こすと、胸の前で腕を組んだ。
 低い声でぼそりと云った。
「……ブツは」
「マランツSA-11SIと云いたいとこですが……まぁ、SA-15SIあたりで手を打ちましょうか」
「わかった。そのかわり、手を抜くなよ」
「Verstandnis! 商談成立ですね」
 にやっと笑い、斉藤は珈琲カップを置いた。
「まぁ何とかさせて貰いますよ。あの場にいたオレにも幾らかは責任があるでしょうし」
「へーえ、はじめちゃん、優しいねぇ」
 思わず傍から云った永倉に、斉藤はじろりとつり上がり気味の目を向けた。
「あなたも手伝うんですよ、永倉さん」
「げっ」
「もちろん、島田も。今日の午後は全員、非番半休です。どうせ近藤さん出張中だから、ばれないし大丈夫ですよ。後のフォローは土方さんがしっかりやってくれますよね?」
 斉藤の念押しに、土方はため息をつきながら頷いた。
 もうどうにでもしてくれという表情だ。
 やる気まんまんの斉藤を前に、土方もふくめた永倉、島田の三人は深く深くため息をついたのだった……。







「土方さん、どうしたの?」
 不思議そうに、総司は小首をかしげた。
 さらりと柔らかな髪が肩さきで揺れる。
 爽やかな夏の光景の中、そこに佇む少年の姿は瑞々しく可愛らしかった。
 すったもんだの末に恋人になれ、その上念願の同居まで果たした大切な存在を、二度と手放したくないと思うのは当然のことだろう。
 そのためにはどんな事でもしてやる!と、思わず細い肩を抱き寄せた。
「……」
 とたん、総司はびっくりした顔になった。
 何しろ、ここは人前も人前。
 いらっしゃいませ〜などと愛想笑いをうかべ寄ってくる店員の前、ブテッィクの中へ入ってゆく処だったのだ。
 いらないと云う総司に構わず、非番になった午後、土方は強引に少年を連れ出し、この店まで連れてきた。もちろん、それには何とかして官舎から離れさせるという企みが隠されていたのだが……。
 そんな事とは知らない総司は、つやつや桜色の唇を尖らせた。
「もうっ、物でぼくの機嫌をとるつもりですか?」
「けど、実際、おまえの夏服も秋服もあまり買ってやってないだろ?」
「バイト代で買うからいいんです」
「俺が買ってやりたいんだ。な? 俺の楽しみを奪わないでくれよ」
 そう黒い瞳で悪戯っぽく笑いかけられると、もう何も云えるはずがなかった。
 もちろん、総司はこういう綺麗なものやお店が大好きだ。
 後で散財させちゃった〜と反省することしばしばだが、センスのいい土方にあれこれ見立ててもらい、好みの服を買ってもらうのは嬉しいことだった。
 だからこそ、先日の事はそろそろ許してあげる事にして、楽しく買い物をする事にしたのに───
「……?」
 車に乗ってる時はむろん電源を落としていたのだが、車から降りた後、土方は妙に携帯電話ばかりを気にしているのだ。何度もメールを確認しては、ため息をついている。
(もしかして……お仕事忙しかったのに、拗ねてるぼくのために無理して帰ってきたの……?)
 そう思うと、総司は先日来のもろもろが急に申し訳なくなってしまった。
 もちろん、あのメールはショックだった。
 土方がもてる事も、昔そういう関係の女の人がたくさんいた事も知っていたが、それでも、まさか今頃お誘いメールがくるなんて思ってもみなかったのだ。
 誤解だと云われたし納得もしたが、それでもショックだった。
 やっぱり、女の人の方がいいんだろうか。
 こんなぼくなんか抱くより、もっともっと気持ちよくなれるだろうし。ぼくなんかよりお似合いだろうし。
 そう思うと、何だか彼に抱かれることが怖くなってしまったのだ。そんなこと彼がしないとわかっていても、比べられている気がして。柔らかで艶やかな女の人と比べたら、自分なんかちっとも抱き心地よくないだろうし……。
「……」
 思わずはぁっとため息をついた総司に、土方がふり返った。
 一瞬、その黒い瞳に不安と焦燥の色が揺れたと思ったのは、気のせいだろうか?
 じっと見つめると、土方はついと視線をそらした。が、すぐに傍にあった棚からシャツを取り上げ、それを差し出してきた。
「……これなんか、いいんじゃねぇのか」
「……」
「総司?」
 ちょっと小首をかしげながら問いかける土方に、総司はふるふるっと首をふった。
 今、そんなこと考えても仕方ないのだ。彼はちゃんと自分を選んでくれたのだから。
 もっと、自分に自信をもたなくちゃ!
「その色……似合うと思います?」
 ようやく答えた総司に、土方はほっとした表情になった。シャツを広げると、総司の躯にあわせてやりながら、にっこり綺麗な笑顔をむけてくる。
「あぁ、よく似合うよ。やっぱり、おまえはパステルカラーが似合うな」
「じゃあ、これにします」
「なら、それに合わせてジーンズも買おう。この近くにいい店があるから」
 そう云いながら、土方はさっさとシャツを店員に渡した。カードで支払いを済ませると、また総司の肩を抱いてブテッィクを出ていく。
 だが、それでも総司はちゃんと見ていた。
 店員がカードの支払い手続きをしている間、総司が他の服を見ている隙に、土方がまた携帯電話と睨めっこをしていたことを。
 鏡にくっきり映ってる彼の様を、総司は大きな瞳でじーっと見つめていたのだ。
(いったい何度確認したら気が済むのかな。だいたい、変じゃない? お仕事のことであんなにため息つくなんて……)
 そこまで考えた総司は、不意にある事に気づき、ハッと息を呑んだ。
 血の気が引いて、あまりのショックにふらふら倒れそうになってしまう。
(も、もしかして、あの例の女の人!? セフレだったとかいう、女の人からのメールを待ってるの!?)
 慌てて土方の顔を見上げたが、それに気づいた彼は不思議そうに見返してきた。
 小首をかしげ、「何だ?」と訊ねる。
 そんな恋人を、総司は見上げた。
 ジーンズを売ってるいい店だというブティックの前。
 ぴかぴかに磨かれたガラス張りのドアに手をかけ、まさに今そこを押し開こうとしている男。
 白いシャツにブラックジーンズをしなやかな長身に纏った彼の姿は、まるで映画のワンシーンのようだった。
 黒髪と黒い瞳がまっ白なシャツに映えて美しく、大人の男の艶さえも感じさせる。
 道ゆく人も皆、端正な彼の姿にふり返っていた。見惚れるような視線を向けていく女も一人や二人ではないだろう。
 大好きな、世界中の誰よりも格好よくて優しい恋人。
 その彼の、深く澄んだ黒い瞳に嘘はないと思うのだが、何となく──どこか後ろめたさが漂っているような気がするのは、考えすぎなのだろうか?
「……あのね、土方さん」
 総司はゆっくりと云った。
「少しだけ、聞きたい事があるんだけど……」
「……」
 とたん、土方の動きがぴたりととまった。明らかな警戒にみちた目で、総司を見返す。
 二人の間に、妙な沈黙が落ちた。
 まだ僅かだった総司の疑惑は、ますます深まってしまった。
 いつも強気な彼が怯む気配をひしひしと感じながら、総司は言葉を発するべく口を開いた。
 その瞬間だった。
「!」
 軽やかな電子音が土方の胸もとで鳴った。
 そのとたん、土方は、見ている総司も驚くほどの凄いスピードで携帯電話を取り出した。僅かに眉を顰め、素早く耳に押しあてる。
 挙げ句、先に店へ入ってくれと手真似で総司に示してきたのだ。
「……」
 あんまりな男の態度に、総司はなめらかな頬をぷうっとふくらませた。
 我が儘なんて云いたくないけど。
 これが仕事なら仕方ないと思うけど。
 でも!でも!でも!
(もし、この間の女の人相手だったら、絶対許さないんだからねっ!)
 そう心の中でだけ叫ぶと、総司はつんっと頭をあげて店へ入った。が、ふり返ってみた土方はそれどころではないようで、何か熱心に話し込んでいる。
(……ぼくの方、見てよ)
 総司はじんわり込みあげてくる涙を感じながら、つれない恋人の態度に、きゅっと唇を噛みしめた。







 一方、その頃。
 土方の代わりに話をつける約束をした斉藤は、永倉、島田とともに官舎の玄関に立っていた。
 目の前には、その噂の芸妓──君菊、小楽がいる。
 さんざん土方が遊んだ仲の女だけあって、二人とも滅多にお目にかかれないような美人だった。すっきり着こなした着物が似合い、艶やかな美しさが零れんばかりだ。
「そやから、さいぜんからせんど云うてますやろ?」
 年上らしい君菊が艶然と笑いながら、ゆったりした口調で云った。
「うちらは、ただ土方はんに逢いに来ただけやと。そこを通してくれはりまへんか」
「そ、それは……ちょっと……」
 島田は巨体でふさがりながら、たらたら冷や汗を流した。
 その後ろで、永倉がひそひそと斉藤に耳打ちする。
「いや、さすが土方さんが相手にする女だけあるね。すげぇ別嬪じゃん。艶福家だねぇ、あの人も」
「感心してる場合ですか。こっちは15万ものCDプレーヤーがかかってるんです」
「おまっ……そんな高いもの要求したのか!?」
「これぐらい当然の報酬です」
 きっぱり云いきると、斉藤は島田の隣に並んだ。
 いかにもという感じの愛想笑いを、無理矢理うかべた。
「こんにちは、お久しぶりです」
「え? ひゃあ、誰かと思おうたら、斉藤はんやおへんか。お久しゅうおすなぁ」
「あの節は色々とお世話になりました。で、遠路はるばる来られて何ですが……土方さんに何のご用でしょう」
 そう云った斉藤に、今度は君菊の傍らにいた小楽が紅い唇を開いた。
 勝ち気そうな目で、じいっと斉藤を見つめた。
「斉藤はんは、いつから土方はんの受付にならはりましたん?」
「小楽ちゃん、そないな言い方せんでも……」
「そやかて、君菊姉さん、こんな処でぐずぐずしとったら、いつまでたっても土方はんに逢えまへんえ」
「だから、どうして土方さんに逢いたいのです?」
 単刀直入に訊ねた斉藤に、小楽はにっこり笑った。
「そりゃ、恋しいお人に逢いたい思うんわ、当たり前の事どっしゃろ」
「しかし、もう何年前の……」
「愛に年月なんか関係あらしまへん。君菊姉さんは結婚の約束までされたのに、もう何年も音沙汰なしどすえ。こんな事許せる訳あらしまへん!」
「まぁまぁ落ちついて」
 まるでいつも永倉と斉藤を宥める時のように、島田が両手をあげた。
 が、小楽に、
「関係ないお人は、黙っといておくれやす!」
 ぴしゃっと云い捨てられ、たちまち玄関口の片隅で、巨体をきゅう〜っと縮めてしまった。
 それを横目に眺め、ため息をつきながら、斉藤は云った。
「つまり、土方さんに結婚の約束を果たしてもらうために、ここへお二人は来られたと」
「そうはっきり云われると身も蓋もあらしまへんけど、つまりはそういう事どす」
「でしたら、残念ですが、お二人には諦めて貰う他ありませんね」
 斉藤は、そりゃまずいってと腕を引く永倉に構わず、つらつらと云った。
 え?と目を見開いた君菊と小楽に、にっこり笑いかけた。
「彼には今、もうちゃんとした相手がいますので」
「ちゃんとした相手…って、もう結婚しはったんどすかッ!?」
「それに近いものはありますね。ですから、お二人に諦めて貰う他は……」
 そう云いかけた瞬間、不意に小楽が動いた。
 躊躇う君菊の手をひっぱり、もの凄い勢いで斉藤の傍をすり抜け、官舎のエレベーターへ突進したのだ。
「ちょっと……待って下さい!」
 慌てて追いかけた斉藤は、エレベーターのボタンをビシバシ押しまくる小楽に、問いかけた。
「いったいどうする気です」
「直接、その人に逢わせて貰うんどす」
「その人って……総司に!?」
 思わず叫んでしまった斉藤に、二人はきらきら光る目をむけた。
 とくに、小楽の紅い唇がにーっと笑った。
「……総司、いいはるんどすか。えろう変わった名前どすなぁ」
「いや、その。とにかく、土方さんはもう他は眼中になくて……」
「べた惚れという訳どすな。なら、余計に逢わんといぬ訳にはいきまへん。うちらにも女の意地っちゅうもんがおますさかいなぁ」
 そう云いきると、小楽はさっさとエレベーターへ乗り込んだ。
 慌てて斉藤も永倉も島田も乗り込んだため、ただでさえ狭いエレベーターはぎゅうぎゅう詰めになる。
 8階のボタンを押す小楽の綺麗な指さきを見ながら、斉藤は諦め半分で云った。
「またまた残念ですが、二人とも留守ですよ」
「構しまへん。部屋の前で待たせてもらいますよってに」
「………」
 深くため息をついた斉藤に、永倉がぼそっと耳打ちした。
「……商談破談になりそうだね」
 そして。
 念願のCDプレーヤーが遠ざかる様をつい思い浮かべてしまった斉藤に、全く傍観の構えの永倉、たらたら冷や汗流しまくりの島田、おしとやかに俯く君菊、当事者よりもやる気まんまんの小楽──その5人を乗せたエレベーターは、官舎の8階へガタンゴトンと上っていったのだった……。














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